TOKYO IPO スマホ版はこちら
TOKYO IPOTOKYO IPOは新規上場企業の情報を個人投資家に提供します。



第1部

第2部
     


なぜ今、コモディティなのか?

女性のライフプランと公的年金

運用を取り巻く環境を考えよう

オンナのマネースタイル

■資産運用ガイド
いまさら聞けない株式投資の基本


意外と知らない?!投資信託の基本


試してみたい!外国株の基本


慣れることから始めよう外貨投資の基本


お金持ちへの第一歩 J−REIT


アパート・マンション経営


IPO最新情報や西堀編集長のIPOレポート、FXストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、IRセミナーのご案内など情報満載でお届けしています!
東京IPOメルマガ登録


IPOゲットしたい!口座を開くならどこ?
FX(外国為替証拠金取引)ってなに?
FX人気ランキング
知らないと損しちゃう!企業の開示情報



第26章
 
2000年6月 東京
 
香港から戻ると番場和彦は早速市田の命令で槙原から聞いた欧州のコングロマリットについてユナイテッド・リバティーのロンドンのM&Aの担当者に問い合わせの電子メールを打った。翌日にはロンドンから返信が送られてきていた。返信のメールには2社の名前が記されていた。1つ目はドイツのベンゲル社、ドイツの鉄鋼会社を頂点とする企業集団で、目下『選択と集中』をスローガンにリストラの真っ最中で、いくつかの傘下の部門売却を検討中であるというコメントが付されていた。残りのもう1社はスウェーデンの大手鉄鋼メーカー、ノーディック・アイアン社で同様にグループ内の再編を行っているという事であった。番場はマウスをクリックしてメールを印刷すると、プリント・アウトを手に市田の部屋へ向かった。投資銀行部の部屋に入ると1番奥にあるガラス張りの市田の個室に歩を進めた。市田は誰かと電話で話の最中であったが、番場の姿を目にとめると受話器を耳と左肩の間に挟んだままの格好で中に入るように手招きで指示した。番場は肯くと部屋に入り、市田のデスクの前に置かれた椅子の1つに腰を下ろした。程なくして、市田は電話を切ると、番場に向かって言った。
「おう、番場どうした。例の件は何かわかったのか」
「ええ、早速ロンドンの担当者から連絡が入りました。槙原さんの話に該当すると思われる会社はドイツとスウェーデンにそれぞれ1社づつあるようです」そう言って番場は先ほど印刷した電子メールを市田に手渡した。市田はそれを斜め読みすると、結論付けるように言い放った。
「槙原の奴が手がけようとしていた案件はこのドイツの会社のものだな」
番場が不思議そうな顔をして訊いた。
「市田さんはどうしてそう思われるのですか」
市田は番場を見下すような横柄な態度で自分のデスクの椅子にふんぞり返ると言った。
「それは、この俺の長年の経験がそう言っているんだよ。おまえさんみたいなヒヨっ子には到底分らない事さ。別におまえを責めている訳じゃないからな」
そんな市田に抵抗するように番場が言った。
「でも、結局この案件は槙原さんのところで出来なかったんですよね。日本に適当な買手がいなかったって彼も言っていましたし・・・」
「番場、俺達の仕事は何も買手を見つける事だけじゃないんだ。どうやってそんなボロ会社を売りつけるかを考える事なんだ。槙原のようなお坊ちゃんみたいなやり方じゃ何も出来やしないぞ。シナジーがあるかどうかなんて議論はあとからいくらでも出来るんだ。大事なのはいかにうまく売りつけるかって事なんだ。わかるか」
番場はただ黙ったまま市田の饒舌に耳を傾けた。
「取りあえず、このドイツの会社がどの部門を売却しようとしているのかについて詳細な情報をとりよせるんだ」
「わっ、わかりました」
市田は分ったら早くこの場から出て行けと言わんばかりの態度で番場に迫った。
 
6月の梅雨の最中であった。早朝から降り出した雨は終日休む事を知らないかの様に降り続いた。市田昭雄は朝から重苦しい雰囲気に包まれて息苦しかった。重い鉛の塊に縛り付けられて、深く暗い海の底へ引きずり込まれていく様な気持ちで1日を過ごしていた。市田はその日の夜に大亜精鋼の大澤源太郎に誘われていたのだ。誘われたと言えば聞こえは良いが、大澤に弱みを握られた市田にとってみれば実際には断る事が許されない一方的な呼び出しであった。市田は午後7時過ぎにオフィスを出ると大澤のご贔屓の銀座の『クラブ優香』に向けてタクシーをとばした。雨の所為で街はいたる所で渋滞していて、約束の時間に約10分程遅れて、市田の乗ったタクシーは『クラブ優香』の入居する雑居ビルの前で停止した。車を降りると大人5人ほどしか乗れないエレベーターでクラブのある7階まで上がっていった。エレベーターを降りると以前に何度となく大澤源太郎と密会に使った『クラブ優香』の重厚なマホガニーの扉が目に飛び来んできた。あの頃は大澤が窮地に立たされていて、市田はその相談にのってやっていたのだ。それが今はどうだろう。自分に頼っていた大澤に急所を掴まれ、市田は大澤の掌の駒の1つに成り下がっていた。時間の波は自分にとってあまりにも過酷だという思いを消し去る事が出来ないまま、市田はクラブの重い扉を開けた。中からまだ顔にあどけなさを残した黒服のボーイが市田に向かって訊いた。
「ご予約は承っておりますでしょうか? 当方は会員制のクラブになっております」
ボーイの肩越しに市田の姿を目にした優香ママが、和服姿で小走りに入り口の方にやって来た。
「マー君、その方は私の大切なお客様よ。お通しして」
ボーイはママに注意されて些かバツが悪そうに軽く市田に黙礼をすると脇に身を引いて、市田を中に通した。
「市田さん、ごめんなさいね。この子つい最近入ったばかりなの。まだ慣れてなくて。若いけど、なかなか仕事熱心な良い子なのよ…」
優香は詫びると市田の左腕にそっと手を回して、1番奥の席に案内した。歩きながら市田が訊いた。
「大澤さんはもういらっしゃっているのかな」
「つい今しがた車から電話があって、あと10分ほどで着くそうよ」
優香ママはそう言うと市田に1番奥の長椅子のソファーをすすめた。市田は彼女に言われるがままに、腰を下ろした。
「何になさいます?市田さん」優香ママが営業用の笑顔を浮かべて訊いた。
「そうだな、とりあえずビールでも貰おうか」優香は手を上げて先程のボーイに瓶ビールと大澤のブランデーのボトルを持って来るように指示した。程なくボーイはトレーの上に瓶ビールとグラス、大澤がキープしたブランデーのボトルと氷の入ったバスケットをのせて恭しく運んでくると、それらをテーブルの上に並べた。優香は市田にグラスを薦めるとビール瓶を右手に持って、左手で和服の袂を軽く押さえて、しなやかに市田のグラスに琥珀色の液体を注いだ。グラスの中で力強く気泡が弾け、グラスの上部に白いクリームのような綿帽子を作った。市田は優香ママの手からビール瓶を取り上げると、彼女にもグラスを取るように勧めた。
「さあ、優香ママも1杯どうぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて・・・」優香が唇にひいたパール入りのルージュが妖艶な光を放っていた。ちょうど、2人がグラスを合わせて乾杯をしようとしていた時に、入口の扉が大きく開かれて大澤源太郎が大股で入って来た。
「すみません、お待たせして。この雨で道が混んでいたもんで」大澤が遅刻を詫びた。雨が降れば東京の街が至るところで渋滞するのは誰にでもわかっている事だろう。市田は大澤に対して心の中で悪態をつきながらも、笑顔で応えた。
「私もちょっと前に着いたところです。こちらこそ先に始めさせてもらって申し訳無い」大澤源太郎に対するささやかな抵抗なのか、市田はソファーに腰を下ろしたままで話をした。しかし、大澤はそんな市田をあたかも見下すように立ったままの姿勢で話を続けたのであった。大澤は市田の隣に腰を下ろして、優香ママに向かって言った。
「ママ、ちょっとばかり市田さんと話をしたいんだ」
優香は大澤の意図を察知して素早く席を立つと、新人のボーイに暫く誰も奥のテーブルに近づけないように指示した。大澤は出されたお絞りで額に滲みでた汗を拭いながら言った。
    <<前へ
次へ>>

Copyright © 1999-2008 Tokyo IPO. All Rights Reserved.