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その後、大亜精鋼とのM&Aの話は着々と進行していった。そんな矢先にフランクフルトから連絡が入ってきた。ベンゲル社のステンレス鋼部門売却は取締役会で正式に決定されたが、複数の会社が買収に手を上げているというである。結果、ベンゲル社は買収先の決定を入札方式にするというのだ。1番高い値段をつけた者が買収をする事になるのである。フランクフルトからの連絡の詳細を朝岡慎介は市田に説明した。
「くっそ、何て事だ」市田は右の拳を机に振り落とした。鈍い音が市田のオフィスに反響した。慎介の横に座っていた番場に向かって市田が訊いた。
「番場、それでおまえさんのだした評価価格で勝てそうなのか」
答えに困った番場は苦し紛れに言った。
「そればかりはなんとも言えません。評価は適切だと思いますが、他がそれ以上の値をつけてきたらそれで終わりですからね・・・」
「それで、対抗馬は何処なんだ」市田はしびれをきらした様子であった。
慎介が番場を気づかって割って入った。
「全てがわかっている訳ではありませんが、大亜精鋼をいれて計4社が手を上げているようです。他でわかっているのは韓国の鉄鋼メーカーとオーストラリアの鉱山会社、あと1社は日本の会社のようですが名前はわかっていません」
「それでベンゲル社についているアドバイザーはどこなんだ」
「どうもナショナル・ドイツ・バンクのようです」
市田は眉間に皺を寄せると怪訝そうな顔を慎介の方に向けた。
「それじゃ、売りのアドバイザーはあの槙原の野郎のところなのか」
「そうなります、槙原さんご自身が担当されるかどうかは知りませんが」
「そうか」市田はデスクの上に置かれた万年筆のインク瓶を黙ったまま見つめた、青黒く光った液体の中にあたかもすべての答えがあるかのように。
 
日比谷のノーブル・ホテルのフレンチ・レストランは隣の有名な歌劇団の劇場で午後からのショーを見るご婦人客たちで賑わっていた。市田は秘書の川辺真樹になるべく静かな隅の席を予約させていたが、それでも女性達の話し声が耳に障った。約束の時間から既に20分が経過していた。手持ち無沙汰にメニューをめくりながらふと顔をあげると、ウェイターに案内されてこちらに歩いてくる槙原理一の姿が目に飛び込んできた。若造の分際でこの俺様をこんなに待たせやがった。こみ上げてくる怒りを何とか呑み込んで、どことなくぎこちない笑顔を繕った。
「やあ、槙原君、今日はお呼び立てして申し訳ない」
「すみません、こっちこそ大変遅れてしまって・・・」
3日前に槙原は市田の秘書の川辺真樹から市田が是非昼食を一緒にしたいとの申し出を受けていた。最初は丁重に辞退したのだが、その後、真樹から、ランチのアポイントを取りつけないと市田に叱責されると泣きつかれて、仕方なく誘いを受けたのであった。型どおりの挨拶をする市田の態度は妙に腰が低く、何かに媚びているような感じさえした。ウェイターがメニューを槙原にも差し出した。市田との昼食を早々に切り上げたかった槙原は、メニューをさっと見ると1番簡単なセット・メニューを注文した。市田はアラカルトで前菜、スープ、メイン・ディッシュと注文をした。ウェイターが下がると槙原から切り出した。
「市田さんからお誘いを受けるなんて思ってもいませんでしたよ。何かありましたか」
「いやね、たまには同業者として情報交換なんかしてもいいんじゃないかと思ってね」市田は訳ありな顔をした。
「僕は市田さんのお役に立てるような情報なんて何も持っていませんけどね」槙原は不快な気持ちを露わにした。
「そんな事はないよ。この間、香港で君から聞いた情報は大変役にたったよ。例のドイツの会社なんて今度1部門を正式に売却するそうじゃないか。私の聞いた限りでは君のところが売り手のアドヴァイザーになるって話だけどね」市田の蛇のような陰湿な目が槙原の瞳を見つめていた。
「いや、何の事だか僕には」槙原はとぼけた。
「槙原君、それじゃあまりに水臭いじゃないか。いや、今回、うちも買い手側のアドバイザーについて入札に参加するんだよ」
「市田さん、もしうちがその売り手のアドバイザーだとしたら、なおさら買い手のアドバイザーと話なんて出来る訳ないでしょう。利益のコンフリクトにあたるじゃないですか。基本中の基本ルールですよ」
「まあ、そう固いこと言わないで。場合によっては個人的に礼をさせてもらうよ。決して悪い話じゃないと思うけどね。私の客は買収の為にいくらでも払う用意があるんだよ。だから、1番いい値をつけることだって可能なんだよ。売るほうにとってもメリットはあると思うがね」市田は含みを持たせたような口振りであった。槙原は市田のあまりの大胆かつ常識を逸脱した行動に呆れて何と言っていいかわからなかった。同時に市田という男に対する怒りが沸々と心の底から湧き上がり始めていた。
「市田さんがいま話されていることは極めて重要な顧客の情報に関わる事のようですね。僕はこの件に関しては何も知りませんし、何も聞かなかった事にします。いいですね」槙原は憤慨を隠せなかった。そのまま席を立つと市田を見下ろすような格好で一言付け加えた。
「お役に立てなくて申し訳ありません。失礼します」槙原は踵を返すように入ってきたレストランの入り口の方へ足早に歩いた。市田はそんな槙原の後ろ姿を獲物を捕らえた蛇のような険しい目つきでいつまでも見つめ続けた。
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