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第27章
 
2000年夏 東京
 
朝から降っていた雨はいつのまにかあがっていた。雲の隙間からは夏の太陽が息を吹き返したように強烈な光線を放っていた。朝岡慎介は朝8時から大亜精鋼がしかけようとしているドイツのベンゲル社の部門買収の為の資料作成に没頭していた。コンピューターの画面からふと顔を窓の外に向けると、青い空が一面に広がり始めていた。その時、テンプ・スタッフの大谷由美子が慎介に向かって言った。
「大亜精鋼の本田さんから電話が入っています。でられますか」
一体何の用だろう。まだ、今回の買収の件は大澤源太郎が財務部長の本田には話してないはずだが。
慎介は点滅する電話機のボタンを押して電話に出た。
「はい、朝岡ですが」
「あっ、朝岡はん。本田です。実は例の転換社債の利息の支払いがもうすぐなんやけど、まだ請求書が届いてないんですわ。ちょっと確認してもらえませんやろか。それから、送金のほうはうちとこのメイン・バンクの東名さんからしますよってに、送金指示書にどう書いたらええのかも教えてもらえると助かるんやけど」
「わかりました、すぐに確認します。それでは東名銀行の送金支持書のコピーをとりあえずファックスで頂けますか」
「ああ、わかりました、すぐにお送りします。宜しゅうお願いします」
せっかちな大阪人の本田らしく、慎介が最後の言葉を言う間もなく電話は既に切れていた。苦笑しながら慎介は受話器を戻した。人事部の大崎千恵が新しく入社した女性を連れて、紹介で回っているのが遠目に見えた。暫くすると2人は慎介と西野力の座るデスクのところにやって来た。
「朝岡さん、西野さんこちら今日からエクイティ・リサーチに入られた飯野由右子さんです」
「はじめまして」由右子は西野に向かって挨拶した。由右子はピーチ・ベージュの光沢のあるスーツを身に纏い、新入社員のような初々しい雰囲気を醸し出していた。
「はっはじめまして」西野も挨拶した。
「やあ、そう言えば今日からだったよね。宜しくね」慎介が言った。
千恵が不思議そうな顔をして慎介と由右子の顔を交互に覗きこんで訊いた。
「お2人はお知り合いなの?」
「ええ、まあ」由右子が千恵に応えた。
「まあ、それじゃ心強いわね」千恵はそう言うと、慎介と力に挨拶して、由右子を急かして他の人のところに連れて行った。
2人が行ってしまうと西野力が意味深な笑みを浮かべて慎介に訊いた。
「なかなかいいね。彼女、どう言う知りあいなの」
「力、そんなんじゃないよ。彼女、ここにいた飯野菜緒子の妹さんだ」
「あの、エクイティ部にいた。マニラで事故にあった飯野さん?そういえば似てるかな」
西野力は慎介が飯野菜緒子と婚約していた事は知らなかった。西野力の何気ない質問が容赦のないパンチとなって慎介の心を打ちのめした。慎介は動揺を西野力に悟られまいと、軽く咳き込む振りをして、自分のデスクのパソコンに向かうと、先程の大亜精鋼の本田部長からの依頼を簡単にまとめて、チューリッヒの本店で決済を担当している部門の責任者にEメールを送信した。予め聞かされてはいたが、現実に飯野由右子がユナイテッド・リバティーに単身乗り込んで来た事に、慎介は心穏やかではなかった。同時に由右子の姉の仇を打とうとする一途な気持ちを再確認したのであった。壁にかけてある時計を見あげると午前11時15分だった。気持ちを落ち着けようと慎介は早めの昼食に席を立った。
 
1人での昼食を済ませてオフィスに戻った慎介は、再び、大亜精鋼のM&Aの案件の提案書の作成に没頭した。暫く経った頃、デスクの上の電話器から内線電話の呼出音が響いた。何気なく目をやると電話器のディスプレーに『Yuko Iino』の表示が踊っていた。慎介は素早く受話器を取ると電話にでた。
「慎介さん、先ほどは失礼しました」由右子が快活な調子で言った。
「聞いてはいたけど、実際に会社で由右子ちゃんの事を目にすると驚いてしまったよ。でも1つだけ約束してくれないかな」慎介は周りに聞かれていないかと気にしながら話した。
「ええ、何ですか」
「君がここに入った目的は僕にもわかっている。僕も同じ目的を持っているから。でも、単独で無理をすれば僕らの目的は達成出来ないんだ。だから、今後はどんな些細な事でも逐次連絡してほしい、お願いだ」
慎介の懇願する様子がひしひしと受話器を通じて伝わってきた。
「わかりました。これからは何でも慎介さんに相談します」
「ああ、くれぐれもたのんだからね。それで市田にはもう会ったのかい?」
「いえ、まだなんです。でも、エクイティ部長の本山憲造には会いました。私の事、幽霊でも見るかのような様子で、何だかとても狼狽してましたよ」
「そうすると、君の事は本山が早々に市田に報告するだろう」
「私、とりあえずは会社に慣れる事に専念しますので、その間はいろいろと指示して下さい」
テンプ・スタッフの大谷由美子がファックスを持って現れたので、慎介は手短に電話の体裁を整えて由右子からの電話を切った。
「朝岡さん、大亜精鋼の本田さんからのファックスです」由美子はファックスの紙の束を慎介に手渡すと再び自分の席に戻っていった。東名銀行の海外送金の依頼書の写しだ。慎介はファックスをデスクの脇に置くと、再びパソコンに向かって朝からの仕事の続きに専念した。午後3時をまわった頃、パソコンのスピーカーから新しいEメールの到着を知らせる音がした。Eメールのインボックスをクリックすると新着のメールが表示された。午前中にチューリッヒに送信した大亜精鋼の転換社債の利金の支払いに関する問い合わせへの返信のメールであった。当該の請求書のオリジナルは既にチューリッヒの本店から大亜精鋼に向けて発送されていた。請求書のコピーがユナイテッド・リバティー東京支店のセトルメント部(証券の売買に関する資金決済を担当する部門)にファイルされているので問い合わせるように指示がされていた。慎介は社内の内線番号がかかれた電話帳で、東京のセトルメント部の番号を調べて、その中から適当にスタッフの1人を選んで、内線番号をダイヤルした。呼出音は鳴っていたが、誰も出る気配が無かった。諦めて慎介が電話を切ろうとした時、回線が繋がった。
「はい、セトルメントです」無愛想な男の声が受話器から響いた。セトルメントではユナイテッド・リバティーの東京で売買される膨大な量の株式などの有価証券の決済を行っており、スタッフは毎日が時間との戦いで、問合せに悠長に応えている暇など無かった。刺々しいつっけんどんな態度が電話線を通してひしひしと伝わってきた。慎介は手短に電話の主旨を告げた。
「ああ、それならうちの部にファイルしてあるから申し訳ないけどここへ来て調べてもらえませんか。僕ら場が引けて午後5時ぐらいまでは手がはなせませんから・・・」男は淡々と事務的に言った。
「わかりました。有り難うございます」慎介は礼を述べて、早々に電話を切ると、テンプ・スタッフの大谷由美子にセトルメント部に行って、先ほどの大亜精鋼に出された転換社債の利金の請求書の写しをコピーしてくるように頼んだ。10分後にはそのコピーは慎介のデスクの上に届けられた。慎介は請求書を見ながら大亜精鋼の本田がファックスしてきた東名銀行の海外送金申込用紙に必要事項を書き込んでいった。最後にもう一度請求書と自分が書いた送金指示申込用紙を見比べて間違いが無いことを確認すると、それにファックスのカバーをつけて大亜精鋼の本田に送り返した。暫く間を置いて慎介は大亜精鋼の本田に電話を入れた。電話には本田本人がすぐに出た。
「本田です」
「ユナイテッド・リバティーの朝岡です。先ほどの件ですが」慎介が全てを言い終える前に本田は喋り始めていた。
「朝岡はん、ファックス貰いました。早速に有り難うございます。これで一安心ですわ」
「ところで請求書の原本のほうはうちのチューリッヒの本店から直接御社に発送されているのですが、届いておりませんか」慎介は訊いた。
「いやうちも海外と取引してますさかい、毎日いろんな書類が仰山来ますのや。時々、書類が内部で紛失してしまうこともあります。多分、スイスのご本店がそう言われているんなら、うちに着いていたのかもしれませんが、今だに私のところに届いてないとすると内部のどこかで迷子になっているんでしょうな」本田はあたかも当然の事の様に言った。
「再度、本店に請求書を作って送らせましょうか」慎介が訊いた。
「いや、それには及びません。前にも何度か同じような事があってその時は東京のほうで請求書を再発行してもらいましたから」
「東京でですか?」東京にそんな事が出来る権限があっただろうか。慎介は疑問に思った。
「そうです、東京の責任者がサインされていましたからうちのほうは何も問題ありませんでしたわ。朝岡はん、うちのほうは記録として何か残っていればいい程度なんで、東京で簡単に処理して下さい」
「その件は私のほうで確認して再度ご連絡します」
「そうですか、宜しゅう頼みます」
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