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電話を切ると慎介は部屋の壁一面を覆う書類キャビネットに向かった。アルファベット順に整理されていて、D〜Fと書かれたスチール製の引き出しを開けて、『DAIASEIKO』と書かれたファイルの束を取り出した。大亜精鋼との取引は先代の初代社長の頃から始まったもので、ファイルの厚さは裕に10センチを越えていた。ファイルの中には前回のスイス・フラン債の発行の時の資料も一緒にされていた。死んだ菜緒子が財務部長の本田に送ったファックスが慎介の目を捕らえた。急に胸が締め付けられる思いで、慎介は体の底から熱いものがこみ上げて来るのを感じた。ファイルの中にやや赤茶けた古い物があった。その中に本田が言っていた請求書があった。1980年代に大亜精鋼が発行したスイス・フラン債の利息の支払いに関するものであった。請求書にはスイス・インダストリアル・バンク東京事務所の便箋が使用され、署名者は慎介のかつての上司であったダニエル・マイヤーの名前があった。慎介はその請求書を抜き取り、ファイルをキャビネットの引き出しにしまい、自分のデスクに戻った。慎介はその請求書を参考にして、セトルメントから取り寄せた今回の請求書の内容を反映した請求書をコンピューターの画面上に作成していった。送金先はユナイテッド・リバティーのチューリッヒ本店、口座番号はアルファベットと数字の混じったものであった。その時、漠然とプライベート・バンクの清水学が話していた匿名口座のことが慎介の頭を過ぎった。ひととおり請求書の内容を入力すると、最後の署名者のところに市田昭雄、マネージング・ディレクター、ユナイテッド・リバティー証券会社東京支店と打ちこんだ。それを会社のマークの入った便箋に印刷すると、サインをもらうために市田の部屋に出向いた。市田は何だか小難しい顔をして書類に目を通していた。
「失礼します、よろしいでしょうか」慎介は開け放たれた市田の部屋の入口から声をかけた。書類から顔をあげると市田は邪魔をするなと言わんばかりの不機嫌な口調で言った。
「何だ、いま忙しいんだ」
慎介は手短に用件を説明した。市田が更に不機嫌になっていくのが顔色の変化から覗えた。
「一体、チューリッヒの連中は何をやっているんだ。それに大亜精鋼の本田部長の馬鹿さ加減にもうんざりだ」市田は吐き捨てる様に言うと慎介の手から書類を取ると、中身もろくに確かめずに殴り書きにサインをして、それを慎介に突き返した。
「有り難うございます」慎介は形だけの礼を述べて踵を返した。その時、市田が追いかけるように慎介の背中に向かって言った。
「朝岡、本店の奴らに、2度とこんな問題が起こらないように気をつけるように、担当の責任者に俺の名前でクレームのEメールをいれておけ」
慎介は市田の方に振りかえると、黙ったまま軽く肯いて自分のデスクに早々に引き上げていった。席に戻ると慎介は市田が汚くサインをした請求書をなんとなく眺めた。送金先はスイス本国、口座番号は数字とアルファベットの羅列、市田昭雄もスイスの本店に匿名口座を持っている----様々な思いが慎介の心の中を去来していた。その時、市田への復讐の方法のおぼろげな輪郭がじわじわと形に成り始めていくのを慎介は感じたのだ。その後、慎介の頭の中はその事でだけ一杯になっていた。隣の席の西野力が声をかけてくるまで慎介の心は遥か遠い彼方へと飛んでいた。
 
どんよりと低く垂れ込めた灰色の雲の絨毯は今にも泣きだしそうだった。黒のポルシェは恵比寿のシティ・スクエアの一角にあるオリエンタル・パシフィック・ホテルを後にした。助手席に腰を下ろした慎介は運転席の槙原に向かって言った。
「わざわざ迎えに来て頂いてすみません」
「おれもちょっと前に恵比寿界隈で人と会う約束があったからちょうどよかったんだよ」
槙原はハンドルを握ったまま、正面に視線を固定したまま話を続けた。車はそのまま外苑西通りに出ると北走していた。
「ちょっといろいろあってね、慎介にも話をしたいと思っていたんだ。人に聞かれるとまずいんで、今日はこのままドライブさせてもらうよ。男2人っていうのは冴えないけどね」槙原は白い歯を見せて笑った。     
「わかりました」慎介が了解すると、槙原は話を始めた。
---ドイツの大手鉄鋼会社が部門売却を検討していること、その買い手の選定が入札方式によってなされる事になったこと、その入札に4〜5社が手を上げていること---槙原は順序立てて事実関係のみを述べた。車は間もなく国道246、通称青山通りにさしかかろうとしていた。
「この件、慎介のところも関わっているだろう」槙原が訊いた。慎介がどう答えたらよいか言葉を探していると、槙原がさらに付け加えた。
「慎介、心配するな。俺は市田昭雄からこの件を聞いている。実を言うとうちは売り手側のアドバイザーなんだ」慎介は槙原の勤めるナショナル・ドイツ・バンクが売り手のアドバイザーである事は知っていたが、そのことは敢えて自分からは切り出さなかった。
「市田は何と言ってきました?」慎介は訊いた。
「何としてもこの案件を獲りたいから、事前に情報を流してほしいって、金をちらつかせてな」
何と恥知らずな、慎介は市田のことを心の中で罵倒した。槙原はその件で市田にランチに呼び出されたことと、自分が憤慨して昼食を辞退してその場を早々に立ち去ったことを打ち明けた。
「慎介、おまえ市田に借りを返したかったんだよな・・・」
「ええ何としても、やつにはそれなりの代償を払わせたいと思っています」
ポルシェは246を突っ切ると更に北上していた。やや、間を置いて槙原が言った。
「今回の案件、その材料として使えるかもしれないぞ」槙原は口元に訳ありの笑みを浮かべていた。槙原は自分の描いたプロットを慎介に話した。槙原は故意にいろいろと情報を市田に流していく。それで入札の価格を吊り上げて、市田に1番札を引かせる。市田は通常の評価よりもかなりの高値で落札する事になるというのだ。
「慎介のところがついている買い手の会社には申し訳無いけどな」
「槙原さん、その点はご心配いりませんよ。買い手はあの大亜精鋼ですから」
「何だって」槙原は驚きを露わにした。ポルシェは外苑西通りからキラー通りにはいりその先の明治通りを目指していた。
「槙原さん、実は僕も市田への復讐のヒントを見つけたんです」槙原の目の瞳孔が更に広がった。車が明治通りに入り原宿のエリアに入った時、小粒の雨がフロント・ガラスを叩きはじめた。慎介は自分の考えた絵図の詳細を槙原に話した。原宿から渋谷までの明治通りは渋滞していて、慎介はゆっくりと時間をかけて自分の考えの障害となる点も含めて全てを槙原にぶつけた。慎介の話が終わった頃に、ポルシェはようやくJR渋谷駅を横目に通過して国道246に右折しようとしていた。槙原は暫く黙ったたまま車を三軒茶屋方向に走らせると、途中で左折して旧山手通りにはいり代官山方向にその鼻先を向けた。2人の間に重苦しい沈黙が停滞していた、憂鬱な梅雨前線のように。ようやく槙原の方が口を開いた。  
「慎介、おまえのプロットの前哨戦としても今回の買収案件は使えるぞ」槙原は確信を持って言い放ち、自分の考えを述べた。今回、大亜精鋼はドイツの鉄鋼会社からステンレス鋼の部門を買収するが、フタを開けてみると、それはかなりの高値での買収となる。買収後に大亜精鋼が買収先を内部にうまく組み入れて相乗効果(シナジー)を上げたとしても、買収コストを勘案すると、全体の収益に寄与出来るようになるまでにかなりの時間を要することになる。そのことをマーケットが察知すれば、いや故意に察知させれば大亜精鋼の株は売られてしまう。株価が下がれば転換社債も転換されずに負債として残り、最後には期限前返済を余儀なくされる。その返済資金の送金の際に罠を仕掛けようというのである。そのプロットは一貫していて、筋が通っていた。
ポルシェは槍ヶ先の信号で駒沢通りにぶつかり、そこを左折すると恵比寿方向に向かった。槙原は車をJR恵比寿駅のガードの下の道路脇に止めた。ハザード・ランプの点滅がガード下の陰で揺らいでいた。槙原は慎介の目を見て言った。
「慎介、また連絡するよ。今後は慎重に行動してくれ。俺との接触は特に気をつけろ。今回の案件で俺は売り手側を代表していて、おまえ達は買い手側についている事を忘れるなよ。あくまでもそれぞれの利益を最優先しなければならない立場にあるんだ」
「わかりました」慎介はそう言って車を降りようとドアに手をかけた。
「慎介、気持ちはわかるが焦りは禁物だぞ」槙原は片目をつぶって言った。
「槙原さん有り難うございます」慎介は車から降りて、礼を言うとドアを閉めた。槙原が運転席で右手を軽く敬礼のように頭のところにもっていった。慎介はその場に立ったまま遠ざかっていくポルシェが視界から消え去るまで見送った。
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