TOKYO IPO スマホ版はこちら
TOKYO IPOTOKYO IPOは新規上場企業の情報を個人投資家に提供します。



第1部

第2部
     


なぜ今、コモディティなのか?

女性のライフプランと公的年金

運用を取り巻く環境を考えよう

オンナのマネースタイル

■資産運用ガイド
いまさら聞けない株式投資の基本


意外と知らない?!投資信託の基本


試してみたい!外国株の基本


慣れることから始めよう外貨投資の基本


お金持ちへの第一歩 J−REIT


アパート・マンション経営


IPO最新情報や西堀編集長のIPOレポート、FXストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、IRセミナーのご案内など情報満載でお届けしています!
東京IPOメルマガ登録


IPOゲットしたい!口座を開くならどこ?
FX(外国為替証拠金取引)ってなに?
FX人気ランキング
知らないと損しちゃう!企業の開示情報


「乾杯!」市田は子分の本山憲造と番場和彦とグラスを合わせた。店のママの佳代が市田の横に座って甲斐甲斐しくウィスキーの水割りを作ったり、煙草に火を点けたりしていた。
「本山、その後、アナリスト探しはどうなっている。適当なのは見つかったのか」
「ええ、今1名最終の面接を控えている者がいます。近々、市田さんにも会って頂くことになると思いますが・・・」本山は上目使いに市田のご機嫌を探った。
「そうか、でかしたぞ。それでそいつはどこから連れて来るんだ」本山の杞憂をよそに市田はほろ酔い加減で上機嫌だった。
「ええ、候補のアナリストはフランス系のグランド・バンク・マルシェに在籍しています。今年の春先にイギリスのヴェンタイル・バンクがマルシェを買収したのを契機に、東京でも2つの銀行の統合が進められて、憂き目にあって他への転職を検討していたところをヘッド・ハンターがうまく見つけてきましてね」
「本山、さっさとそいつの首根っこ捕まえてでも連れてくるんだぞ。さっさと大亜精鋼に担当のアナリストをつけないと大澤社長にまた何を言われるかわからないからな」市田は大澤の事を思いだして、眉間に皺を深く刻んで不快感を露わにした。
「わかりました」本山は返事をすると市田の機嫌がいいうちに少しでも他の話題に換える事を試みた。
「ところで市田さん。今度リサーチのアシスタントで入社した飯野由右子とは会われましたか」
その時、市田の顔に一瞬陰がさしたが、まわりの人間でそれに気付くものはいなかった。市田はそんな自分の心の内を誰にも悟られまいと平然を装って言った。
「おおっ、会ったよ。俺はあの飯野菜緒子が墓から蘇って出てきたのかと思うほど、度肝を抜かれたぜ」市田は飯野由右子が自分のオフィスに挨拶にきた時の様子を鮮明に思い出して、背筋が寒くなるのを感じた。飯野由右子は正面から市田の目を食い入る様に、目を逸らすこともせずに見つめたのであった。その由右子の目は、あたかも市田の秘密を全て知り尽くしているかの様な鋭い光を放っていた。由右子には今後しっかりとした監視をつけておく必要があると市田は思った。横で黙って腰を下ろしていた番場がようやく口を開いた。
「私もお会いしたのですが、本当にびっくりしましたよ」
市田は番場をじろりと睨むと、質問の矛先を番場に向けた。
「ところで番場、例のM&Aの件はどうなっているんだ」
「ええ一通り財務関連の数字はフランクフルトのオフィスから取り寄せて、買収価格の算定作業に入っています」
「ただ今回は入札方式なので、1番札を引かなければ全ての努力が水の泡になってしまうことを忘れるなよ」
「提示する買収価格をむやみに高くすれば、札は落とせるでしょうが、その後大亜精鋼にとっては長期にわたるコスト負担となって、結果として企業価値を低めることになってしまいます」番場和彦は思っている懸念をあえて口にした。
「そんな事はおまえに言われなくてもわかっている。それでおまえさんの試算によると買収総額はいくらになるんだ」
「約150から180億ですね」
「何だか気の遠くなるような数字ね」横に座っていたママの佳代が市田に向かって笑顔で言った。
市田は佳代が作った水割りで喉を潤すと天井のタバコのヤニで薄汚れた照明を見上げて、顎を擦りながら1人毒づいた。
「くそっ、あの槙原の奴、この俺様をなめやがって・・・」先日のランチでの出来事が市田の脳裏で鮮明に再現されていた。必ず奴から情報を引き出して、この入札を手中に納めてやる。市田は深く心に念じた。傍らでは本山と番場が無言のまま市田の様子を見守っていた。
 
鈴木太郎は青白い顔をした貧相な容貌で、長期療養を終えてようやく退院したばかりという印象を醸し出していた。鼻の上から滑り落ちそうになる黒縁の眼鏡を何度も忙しなく神経質そうに戻していた。大会議室のマホガニーの大きなテーブルの反対側に市田昭雄は本山憲造と一緒にそんな鈴木の様子を覗いながら座っていた。本山が最終面接で鈴木を市田に紹介したのであった。市田は鈴木の履歴書を前において目の前に座る実物と比べていた。履歴書によれば鈴木太郎は36歳で既婚、家族構成は妻と10歳の息子が1人となっていた。東大卒業後、日本の大手生命保険会社に入社、日本株の運用に関するリサーチを担当、その間社内選抜で米国のシカゴ大学でMBAを取得、2年前に退社してグランド・バンク・マルシェにアナリストとして入社、鉄鋼部門を担当---と記載されていた。鈴木太郎には36歳という若さは微塵も感じられなかった。
「鈴木さん、うちではアナリストと言っても、投資銀行部の仕事もかなり手伝ってもらわなければならないことが多々あるのですが、そこのところは宜しいですかな」
市田は追い討ちをかけるように言った。
「えっ、それはもう・・・」鈴木は四苦八苦した様子で市田の問いかけに答えた。
市田は隣に座っている本山の顔をじろりと睨むと、鈴木の方に顔を向けた。
「鈴木さん、それではまたこちらの方から追ってご連絡しますので、今日はご足労頂き有り難うございました」そう言うと市田は約10分程度で面接を早々に切り上げた。鈴木の顔には失望の色が広がっていた。
「本山、それじゃ鈴木さんをエレベーター・ホールまでお送りして、それからちょっと話があるからここに戻って来てくれ」
鈴木と本山は席を立ったが、市田は座ったままで退出していく鈴木に形だけの挨拶をした。2人は会議室をあとにして、エレベーター・ホールに続く廊下を歩いた。顔面蒼白の鈴木が本山に縋るように訊いた。
「本山さん、私、市田さんのお眼鏡にかなわなかったんでしょうか」
本山は何と答えてよいかわからなかった。それにこのあとまた市田にねちねちと小言を言われるのがわかっていて、本山には鈴木の事を気遣う余裕など微塵も無かった。本山は気もそぞろに励ましにもならないような言葉を吐いていた。
「いえ、そんな事はないと思いますよ。うちの市田はいつもあんな調子ですから」
「そうなんですか?」鈴木は失望のあまり、言葉が思うように出なかった。
そんな鈴木をエレベーターに乗せると、本山は今来た廊下を重い足取りで引き返した。心からうちに移籍したいアナリストなんかいるものか。本山は心の中で呟いた。市田昭雄の横暴振りは業界の中でも知れ渡っていた。大会議室の扉の前で立ち止まると本山憲造は気持ちを整える為に深呼吸をして意を決して入室した。市田は本山の顔を見るや否や罵声を浴びせた。
「本山、何だあの貧弱なモヤシみたいな奴は。おまえは本気であんな奴を採用しようと考えているのか」市田の声が2人しかいない大会議室で反響した。
「市田さん、でもうちに来たいという奇特なアナリストはどこを探してもいないんです。たいていのヘッド・ハンターからも既に匙を投げられているんですよ」本山は精一杯の反論を試みた。
「そんな事はおまえに言われなくてもわかっている」
「それじゃ、鈴木さんでもいいじゃないですか。取り敢えず穴埋めをしておかないと」
「馬鹿野郎!」市田はどうにもならないジレンマを怒りに置き換えて、それを力任せに本山憲造にぶつけた。その後、市田は暫くの間、口を貝の様に閉ざした。首を締められて窒息しそうな重い沈黙が本山に襲いかかった。本山はその沈黙を自分から自発的に破る事は出来なかった。市田はその間いろいろな考えを巡らせていた。市田は大亜精鋼の大澤源太郎から早急にアナリストを付けるように再三矢のような催促を受けていた。買収案件に絡んで、今後ファイナンスもしなければならなくなるので、残された時間はもう僅かであった。見るからに鈴木太郎は自分に牙を向いて歯向かってくるタイプの男ではなかった。鈴木が自分の思うように手足となって働いてくれるのであれば、それはそれで市田にとってはとても貴重な存在であった。暫く腕を組んで思案顔をしていた市田が言った。
「本山、奴を採用しろ」
黙って俯き加減だった本山が驚いて顔をあげると市田の方を見て言った。
「もうタイム・リミットだ。今回は奴を即戦力として採用する」
「わかりました」そう言うと本山は乾ききった喉を潤すように唾を飲みこんだ。
「いいか、奴を上手に管理するんだ。首輪をしっかりとつけて、誰がご主人様かをはっきりと教えてやるんだ。また中西圭太のような事になったらおまえの首も飛ぶと思っておけ。いいな?」
「わかりました」本山は上官に対して現状報告をする2等兵のように即答をした。
    <<前へ
次へ>>

Copyright © 1999-2008 Tokyo IPO. All Rights Reserved.