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ドイツのベンゲル社のステンレス鋼部門の売却の日が2週間後の7月26日に正式に決定した。対抗馬がどの位の値段をつけてくるか?市田は思うように情報が集まらず苛立っていた。番場が指揮をとって朝岡慎介達にやらせた買収部門の企業価値の算定は妥当なものであると思っていた。多分、対抗馬達も似たような評価を算出しているであろう。問題は入札で勝つ為には、どのぐらいのプレミアムを支払うかであった。今の評価では150〜180億程度であった。入札をする際に180億円とするのか、200億円とするのか、それ以上の高値をつけるのか。買い手のアドバイザイーは市田達を含めて全員が個別に売り手側のアドバイザーと売主のベンゲル社と個別に会っていた。ユナイテッド・リバティーのフランクフルトのスタッフが市田達を代表してベンゲル社とのミーティングに臨んだのであった。しかしながら、その後のフランクフルトのオフィスからの報告でも何もヒントになるようなものは一切無かった。市田は何としても槙原からの情報が欲しかった。市田はその後何度も秘書の川辺真樹を通じて槙原との接触を試みたがことごとく不発に終わっていた。一体どうしたものだろう?市田は考えあぐねていた。しかし悩んでみたところで何の解決にもならないのはわかっていた。市田は自分の行動力に賭けてみることにした。市田は席を立つと背広の上着をとって自分のオフィスを出るとすぐ近くのデスクに座っている川辺真樹に声をかけた。
「川辺、俺の今日の午後の予定はどうなっている」
「午後3時にエクイティ部の清原さんとのミーティングが入っているだけですが・・・」
「すまんが、連絡して明日以降に変更してもらえ。俺はちょっと出かけてくる。夕方までには戻ってくるから」市田はそう言い残すとオフィスを後にした。
 
槙原理一が働いているナショナル・ドイツ・バンクのオフィスは大手町にあった。大手のディベロッパーが近年開発したインテリジェント・ビルの一角で、新築の真新しい感じが至るところに漂っていた。地下2階、地上40階の西館と東館の2棟建で、その間を約地上5階の高さまで吹き抜けの広い空間がエントランス・ホールになっていた。市田は大手町の交差点でタクシーを下りると、日比谷通り側から回転ドアを抜けると、大理石張りの巨大なエントランス・ホールに吐き出された。ホールの中央には、ビルの入居する会社の名前がメタルプレートにアルファベット順に表示されていた。Nの欄に目をやるとナショナル・ドイツ・バンクの名前があった。東館の20階から26階となっていて、総合受付が26階になっていた。市田は憮然とした表情のまま東館のエレベーターに歩を進めると、20〜30階と表示されたホールからエレベーターに乗り込んで、26階のボタンを押した。エレベーターの中には化粧の厚い30代半ばくらいの女性とバイク便のサイクリング・パンツにピッチリしたシャツを着た不精髭を生やした若い男が乗っていた。28階と30階のボタンの電気が既に点いていた。市田は26階でエレベーターを降りた。1歩、エレベーター・ホールから足を踏み入れるとそこは贅沢に空間を利用した総合受付になっていた。市田は受付の女性の前に歩みよると名前を名乗ってM&A担当の槙原理一への来訪を告げた。打合せ用のミーティング・ルームはすべて総合受付で管理されているらしく、受付の女性は槙原の名前をテキパキとパソコンに打ち込むと、その時間帯に槙原のところに外部の人間が尋ねてくる予定が入っていない事を確認した。女は市田の顔を見上げると怪訝そうに訊いた。
「市田様、槙原とはお約束でしょうか」
「いや、今日は急な用件でアポイント無しで来ています。槙原さんに至急お取り次ぎ願いたい」市田は横柄な態度であたかも女に命令しているかの様な口調であった。受付の女性は顔に不快感を露にすると、つっけんどんな態度で市田に言った。
「連絡してみますので、少々そちらソファーでお掛けになってお待ち下さい」
市田はしぶしぶ受付ホールの隅においてあるソファーのところまで歩いて行って腰を下ろした。受付の女性は内線で槙原を呼び出していた。3回の呼出音で電話の回線が繋がった。
「はい、槙原ですが」
「受付ですが、今ユナイテッド・リバティーの市田様がアポイント無しで槙原さんにどうしてもお会いになりたいと受付にいらっしゃっていますが、どうしたらいいでしょう」
市田の奴、また性懲りもなくまた来たか。どうせ例のベンゲル社の部門売却の情報を根掘り葉掘り聞き出そうという市田の魂胆は見え見えであった。アポイントも無しに押しかけてくるなんて失礼な奴だ。ここは門前払いにしてやろう…
「今外出中だって言って、ご丁重におひきとりしてもらって下さい」
「はいわかりました。ではそのようにお伝えします」
電話が一瞬の間をおいて切られようとしたその時、槙原が叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って。今どこか部屋は空いているのかな」槙原が訊いた。
「今は生憎すべて埋まっています。1時間後の午後2時でしたらニューヨーク・ルームが空いていますけど」
市田の奴を少し焦らしてやろう。
「それじゃ、とりあえずその部屋を押さえてもらえないかな?市田さんには僕は今大事な会議中で2時からだったら時間がとれる旨伝えてくれ。そんな急用だったら1時間位待つだろう」
「わかりました」市田の傲慢な態度に気分を害された受付の女は受話器を置きながら小悪魔のような笑みを漏らした。席を立つと踵の高いヒールを大理石の床に響かせながら市田の座るソファーの所まで歩いて行き、市田を立ったままの視線で見下ろすような格好で槙原のメッセージを伝えた。
「市田様、お待たせして申し訳ありません。槙原のほうもただ今どうしても手がはずせない会議の最中でございまして、2時過ぎでしたら何とか時間を調整で出来るそうですが、如何いたしましょう」女は皮肉を込めた笑みを浮かべながら訊いた。今の市田には他の選択肢は無かった。
「いや、それで結構です」そう言うと市田はそのままそのソファーに座って待とうとした。
「市田様、大変申し訳ございませんが、この時間ミーティング・ルームがすべて埋まっておりまして、お待ち頂く部屋がご用意出来ないのです。すみませんが…」女は微笑みながら言った。早くその場から立ち去れと言わんばかりの態度で…
市田は女を怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、そこはぐっと思い止まり形だけの礼を言って、1時間後に再訪する事を告げてその場を立ち去った。槙原の奴、こんな年増の馬鹿女とぐるになって俺様をこけにしやがって。市田は爆発しそうになったやり場のない怒りがおさまり、自分が置かれている立場を冷静に考えられるようになるまでちょうど1時間を要した。
1時間後の午後2時に市田はナショナル・ドイツ・バンクの会議室ニューヨーク・ルームに通されていた。それから既に時間はすでに30分を経過していたが、いっこうに槙原が現れるけはいはなかった。市田の痺れが最高潮に達しようとしたその時、ドアがノックされて槙原が入室してきた。
「市田さん、お待たせしてすみません。会議が予定よりも延びてしまって…」槙原は市田に対して形だけの詫びを入れた。
「いやこちらの方こそ急に押しかけて申し訳ない」
2人は応接室のテーブルを挟んで腰を下ろした。槙原は先般の市田とのランチの件については敢えて自分からは何も言うまいと決めていた。やや沈黙があって市田の方が口火を切った。
「槙原君、先日のランチの件は本当にすまなかった。ただ我々も我々の客もそれだけ今回の案件が重要なんだ。そのところを是非君にも解ってもらいたくて…」
「市田さん、その事はもう忘れましょう」槙原はあっけらかんと言った。
それじゃ今日俺がここに来た意味が無くなってしまう。市田は心の中で悪態をついた。市田の顔に焦りの色が広がっていった。
「槙原君、頼む!」市田は急に応接テーブルに額をぶつけんばかりに深く頭を下げていた。
「市田さん、やめて下さい、そんな事」槙原は市田を諌めた。
「いや今日は君から色よい返事がもらえるまでは梃子でも動かないつもりでここに来た」
この様子だと市田の奴、相当切羽詰まっているんだ。今だったらこちらの手中に完璧に落ちるな―――槙原は確信した。
「市田さん、前にも申しあげましたが、私は売手側のアドバイザーとして公平な立場を保たなければならないのですよ。だから入札の前にこうして2人が会っている事は重大なルール違反なんです」槙原は市田を更に追いつめようとわざと声を荒げた。さすがの市田も我慢の限界が近いらしく姿勢を正すと真正面から槙原の目を見据えた。それはあたかも蛇が鎌首を擡げて敵を威嚇する時の様であった。
「だから君には十分な礼をさせてもらうと言っているんだよ」市田の態度が豹変し始めていた。
「それじゃ、賄賂じゃないですか、市田さん、あなたはどうかしている」槙原は意図的に驚愕の顔を作って見せた。
「それは物事をどの角度から見るかによるがね」市田は更に開き直った態度であった。
「僕はそんな話は出来ませんので、市田さん勘違いしないで下さいよ」槙原もここで引くまいと、さらに態度を硬化させてみた。僅かであるが、市田が狼狽するのがわかった。もうこのくらいでいいだろう。槙原はそう思うと思わせぶりな態度に転じた。
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