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「ただ…」槙原はやや間を置いて続けた。
「今回の案件は入札方式ですよ。我々としてはより高い値を付けてもらったほうがお客にもプラスになるのです。市田さん、これは一時期でも同じ会社にいた同僚としてのよしみですよ。僕はお礼など1銭たりとも受け取る気はありませんから。見くびらないで下さい。いいですね」怒りのこもった声で槙原が言った。
「市田さんは今回いくらの買収金額を提示されるつもりですか。それに対してヒントだけお話ししますから」
やった、市田は心の中で歓声をあげていた。ついに槙原の奴を落としたぞ。情報を聞き出して、一刻も早くこの場から立ち去りたいと市田は思った。
「うちは約150億から180億円とみているが…」そう言って市田は槙原の出方を待った。
「話しになりませんね」槙原はつきはなすように冷たく言った。
「まさか。他はもっと高い値をつけてくると言うのかね」市田は槙原に掴みかからんばかりに身を乗り出した。
「そうです。特に外国の某社がかなり強気に買収を仕掛けようとしていますから」
「それで、その対抗馬に勝つ為にはあとどの位足りないのかね」
「それは私の口からは申しあげられません」
「槙原君、そこを何とか頼むよ。あとどの位上乗せすればいいのかね」市田は恥も外聞もかなぐり捨てて、媚びるように訊いた。必死に懇願するあまり市田の声は上ずっていた。槙原はそんな市田を哀れむように見下すと、静かに右手を上げて、親指以外の4本の指を立ててみせた。
「あと4割上乗せしろというのかね」市田は槙原の言葉が信じられなかった。
「たぶんそれで肩が並ぶ程度でしょうね。どうしても入札で勝ちたいのであればその分ののりしろは検討されたほうが宜しいでしょうね」
それじゃ5割さらに上乗せするのか。180億に5割のせると270億円、そんな大金をどうやって大亜精鋼に用意させるというのだ。市田は自分の描いた目論見が脆くも崩れさっていく音を聞いたような気がした。
 
「市田さん、買収の件はどんな状況ですか」大澤源太郎は単刀直入に切り出した。大澤はアポイント無しにシティー・スクエアにあるユナイテッド・リバティーを訪問していた。4人掛けの応接用のソファーの上で反り返るような姿勢で腰を下ろし、お気に入りの葉巻を満足そうに燻らせていた。大澤の正面に腰を下ろした市田は今までの経緯を大澤に説明した。
「今回の案件は入札方式でして、御社以外に3社が名乗りをあげているのですが、その内の1社がかなり積極的に札を入れてくるようなんです」
「それはどこの会社なんですか」
「具体名まではわかりませんが、外国の会社のようです」  
「単純にそう言って入札価格を悪戯に釣り上げようとしているんじゃないですか」大澤は訝し気に言った。
「いえ、ただこれはかなり信用のおけるところから獲った情報ですから」
「それで買収価格はいくらになりそうなのかね、おたくの試算では約150〜180億という話でしたよね。これよりも高くなるのであればすぐに金策に走らなければなりません」
大亜精鋼の場合、入札で物を射止めても、その先の金の手当てが問題になる。市田は買収の事だけが気になって、買収代金の手当てまでは何も考えがまとまっていなかった。
「うちの情報筋によれば最有力候補の対抗馬はこれだけ上乗せしてくるようです」市田は右手をあげて親指以外の4本の指を突き立てて見せた。
「4割増しですか、そんな無茶な。そんな金すぐにはありませんよ。手持ちの50億円と一部の有価証券を現金化すれば約30億、メイン・バンクには話しをつけて約100億円の融資をとりつけています。でもそれ以上はいまのうちには出せませんよ。市田さんのところで足りない分は何とかして頂けるのでしょうな?」大澤は有無を言わせぬ雰囲気を漂わせていた。窮地に追いこまれた市田はどうしたものかといろいろと頭の中で次の算段をした。あと約100億円の金が必要になる。ユナイテッド・リバティーの銀行部門が大亜精鋼に融資をする事は、現在の会社の信用力から判断してあり得なかった。市田は恐る恐る大澤の逆鱗に触れないような口調で言った。
「大澤さん、この買収が成功すれば御社に多大なるメリットをもたらす訳ですよ。ここは買収金額がたとえ50パーセント跳ね上がっても、勝負するべきです。そうしなければ大亜精鋼もジリ貧になって競合相手にシェアを食い荒らされてしまいますよ。メイン・バンクの東名銀行からそれ以上の融資を取りつけるのが無理なら、御社と近しい生命保険会社や地方銀行にあたってみてはいかがですか」
大澤自身も株価が低迷し、2年前に発行した例の転換社債が全く転換していない状況で次の株式関連の資金調達が困難である事は重々承知していた。しかしながら、そこまで面倒をみようとしない市田の態度が気に食わなかった。
「市田さん、おたくも本件のアドバイザーなんですから、少しは資金を融通してくれてもいいんじゃないですか」
「大澤さん、それがたとえ出来たとしても、うちが出すレートは本邦銀行のそれからはかなり見劣りしますよ」市田は牽制の意味をこめて言った。
「そこを何とかしてもらいたいもんですな。市田さんのお力で・・・」大澤はいつものように市田に最後通牒を突き付けた。
 
7月25日に気象庁は1度出した関東地区の梅雨明け宣言を取り消した。この日も午後には熱帯特有のスコールのようなどしゃ降りの雨が東京の街を水浸しにした。近年の地球の温暖化現象の所為か、東京の夏は年々暑さを増幅させていた。市田は会議室の窓辺に立って東京の空を覆う黒い雨雲を恨めしそうに眺めていた。
「市田さん、フランクフルトと繋がりました」
会議室の真ん中にはスピーカー・フォンが置かれ、それを囲むように朝岡慎介とM&A担当の番場和彦、それに最近入社したアナリストの鈴木太郎が着席していた。市田は番場の隣の席に腰を下ろした。
「東京のほうは準備OKです。そちらはどうですか」番場が東京を代表して電話のスピーカーに向かって話した。
「こちらも全員そろっています」
「よし、それじゃ始めろ」市田が番場に向かって指示した。
「今回の案件の入札日がいよいよ明日に迫り、今日のこの会議で我々の提示額を最終決定しようと思います」番場が進行役を務めた。
「いろいろと東京のほうでも調査した結果、270億円を提示しようと考えています」番場が言った。
フランクフルトのスタッフのドイツ語アクセントの英語がスピーカー・フォンから零れて来た。
「270億円というのは破格に高くありませんか。我々の試算の180億円でも高めに見積もっているのですよ…」
もう一人のドイツ人が更に質問をなげてきた。
「うちのアナリストは何て言っているんですか」
テーブルに着いていた鈴木は緊張気味にスピーカー・フォンのマイクに向かって話した。
「アナリストの鈴木です。確かにやや高めの価格だと思いますが、この買収が成功すれば買手の大亜精鋼にもたらされるメリットは大変大きいと思われます。この点に着目すれば一概に高いとは言えないと思いますがね、短期的には…」
横で話しを聞いていた市田が突然割り込んで会話に入った。
「市田だ、確かに君たちの指摘する通り、この入札価格は破格に高いと思うが、対抗馬の1社がかなりの額を提示するという情報を掴んでいる。大亜精鋼の大澤社長もこの案件は是が非でも獲りたいと言われていて、その為にはさらに50パーセントの上乗せをする事についてもう了解されているんだ」
買手が了解しているのであればそれ以上の議論の余地はなかった。フランクフルト側もそれ以上は何も口を挟まなかった。
「それでは本件は270億円で入札に臨む。いいな」市田が念を押すように大声で宣言した。まるで声の音量と買収金額が比例しているんだと言うように。暫くの間、誰も返答をしなかった。市田はもう1度繰り返した。スピーカーを通してフランクフルトのスタッフが応えた。
「お客が既に了解しているのであれば異議はありません。ただ、買収後にお客からクレームがあった時はそちらで処理して下さいね」
「わかっている。心配しないでくれ」市田はドスの効いた声で言った。
慎介はこのやりとりを一部始終一言も口を挟まずに満足して聞いていた。事はすべて槙原のプロット通りにすすんでいた。
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