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第29章
 
2000年9月東京
 
9月に入っても東京の残暑は厳しく、秋の気配すら見せなかった。夏休みも終わり外人投資家も市場に戻っていたが、東京の株式市場は出来高も薄く、相変わらず閑散としていた。そんな中、大亜精鋼の株価は8月末に680円の年初来最高値をつけ、9月に入り700円台を突き抜ける勢いであった。市田はオフィスのデスクの脇に設けられた自分専用のブルームバーグの画面で、その日の大亜精鋼の株価を眺めていた。株価は695円であった。株式市場に材料が乏しく、市田の読み通り大亜精鋼の買収案件は市場の関心を集めていた。昨今『グローバル化』が1つのキー・ワードになっていて、買収によりグローバル・マーケット・シェアを高める事になる点が一部の投資家の目にとまったのであった。9月末に銀行の半期決算対策で一部の売りは予想されていたが、このまま700円の壁を突き破れば、その勢いで800円、900円と上昇するであろう。市田は今後の展開に思いを巡らせた。これで暫くあの大澤源太郎にでかい顔をされなくて済む。あんな成り金の2代目ボンボン社長に弱みを握られ、思うように操られている今の自分があるという事実をどうしても受け入れ難かった。早く1000円位まで株価を釣り上げたかった―――市田は祈る様な思いでブルームバーグの画面を見つめた。
 
9月も半ばにさしかかるといくぶん暑さも和らいだ。南洋に発生する台風が近づく度に夏の熱気をしっかりと抱きかかえていた入道雲は吹き飛ばされてどこかに姿をくらまして、何時の間にか東京の街にも高い空が戻っていた。国民の祝日に関する法律が改正された『敬老の日』は土日と重ねて3連休となった為、月曜日の東京市場は休みであった。火曜日に出社すると慎介はブルームバーグで大亜精鋼の株価を呼び出した。金曜の終値、720円が表示された。企業関連のニュースを見る為のコードを打ち込んだ。9月15日付けでブル・ジェラルド証券の黒澤拓哉が『アンダーパフォーム』のレポートを出していた。ついに第2ラウンドが始まったな---慎介は右手の拳を固く握りしめた。自分の席に戻ると内線で飯野由右子にダイヤルした。慎介は周囲の者に聞かれてもいい様に極力事務的に淡々と話した。
「おはようございます。投資銀行部の朝岡ですが、例の会社のニュースご覧になりましたか」
由右子もその後も大亜精鋼の事はモニターしていて、そのニュースも朝一番に確認済みだった。
「ええついに出ましたね」由右子も慎介にあわせて事務的に素っ気無い調子で話した。
「このレポートなんですが何とか手に入りませんかね」
「こちらのほうでいくつか心当たりに訊いてみます」
「どうもすみません。それじゃまた連絡をお待ちしています。今日の午前中は外出しますので、お昼過ぎぐらいに携帯のほうに連絡してもらえますか。携帯に・・・」
「わかりました」
慎介は受話器を置くと警戒するようにあたりを見回したが、特段に変わった事はなく、そこにはいつもの風景があった。自分が妙に警戒心を強めて、逆に他人の目に奇異に映る行動をしないように気をつけなければ。慎介は自分を戒めた。
 
午前9時になり東京の株式市場が開くと、大亜精鋼の株は寄付から一斉に売り浴びせられた。午前9時30分にはストップ安をつけ、取引は一時中断された。朝8時30分から各部門の責任者が集まる会議に出ていた市田は10時に自分の席に戻るまで、大亜精鋼の株がストップ安になっている事など知る由もなかった。自分のオフィスに戻ってブルームバーグの画面に目をやって、その事実を目の当たりにした市田は愕然とした。自分の築き上げてきたものが砂上の楼閣の様にもろくも崩れ去っていく音なき音を聞いた様な気がした。市田は震える指先でなんとか本山憲造の内線番号をダイヤルした。本山はすぐに電話に出た。
「はい、本山です」本山はまだ大亜精鋼の件は知らない様子であった。
「本山!、何やっているんだ。大亜精鋼の株価、見たか。ストップ安だぞ。おまえは朝からのん気に何をやっていたんだ」市田は怒鳴った。
「市田さん、私もついさっきまで一緒に会議に出ていたんですから、株価をチェックしている時間などありませんでしたよ」本山はつい反論した。
「とにかく、原因を調べてすぐに俺に報告しろ」市田は命令を下すと一方的に電話を切った。本山は度重なる市田の理不尽さに納得がいかず、暫く受話器を握り締めたままその場に立ち尽くした。その後、本山は気を取り直してアナリストの鈴木太郎の所に行って、今回の大亜精鋼の株の急落について聞いてみる事にした。調査部のあるフロアはアナリスト毎に専用の区切られたブースの中に机が置かれていて、その隣にアシスタントのデスクが配置されていた。鈴木太郎の席は迷路の様に入り組んだ通路の一番奥にあった。飯野由右子は自分のデスクのパソコンに8月決算の大手スーパーの予想の数字を打ちこむ作業に没頭していた。何気なく顔をあげた瞬間に、切迫した顔をした本山憲造が部屋の奥の方に歩いて行くのが目に止まった。由右子は何かあると思った。デスクの脇に山積みになった書類の一部を鷲掴みにするとコピー機のある方に向かって本山の後を追った。ちょうど、コピー機はオフィス用の間仕切り壁を隔てて鈴木太郎のデスクの反対側にあった。本山は自分の背後を歩いている飯野由右子の事など全く気にもかけていなかった。
本山が鈴木のデスクに辿りついた時、鈴木は電話の対応の真最中であった。
「ええですから先ほどから申し上げております様に私がレポートを書いた時点でのステンレス鋼の世界市場の状況は・・・」電話の相手は鈴木に最後まで話す機会を与えなかった様で、そのあと鈴木は「はい」と「ええ」を繰り返す事に終始した。やっとのことで電話を終えた鈴木は憔悴しきった顔で深くため息をついた。
「鈴木さん、どうしたんですか?」本山が背後から鈴木に話しかけた。急に声をかけられた鈴木は驚いて後ろを振り返った。近眼の鈴木は鼻先でずり落ちそうになった眼鏡の位置を直して、声の主が本山である事を確かめると上ずった声で言った。
「あっ本山さん、どうもこうもないですよ。ブル・ジェラルド証券の黒澤っていうアナリストが昨日のニューヨーク時間に大亜精鋼の『アンダーパフォーム』のレポートを出しましてね。今回のドイツの会社の買収についても、買収した先の事業規模からみて落札価格は破格に高値で、当面の利益への寄与は皆無に等しいと書きたてているんです。今朝から問合せの電話が鳴りぱなっしですよ」
「何だって・・・」本山は鈴木が言った事が信じられなかった。
「それに黒澤はアナリスト・ランキングで第2位の売れっ子なんですよ。とても僕には勝ち目はないですよ」
「それでそのレポートは見たのか」本山が訊いた。
「それなら僕の友人から取り寄せたファックスがここにあります」鈴木はアナリスト・レポートのコピーを本山に手渡した。A4サイズの紙の上部には送信元の会社の名前が印字されていた。「FNNアセット・マネジメント」レポートの表題には
『アンダーパフォーム』、高すぎた買い物、見えないシナジーとあった。何てことだ。
「本山さん、だから僕はあんなレポートを書くのは嫌だったんですよ。一部の事実が一方的に誇張された様な・・・」鈴木は興奮君に言った。
「おい、君もう少し小さな声で話さないか」本山は慌てて鈴木を諌めた。その時、薄い壁の反対側では飯野由右子が書類をコピーするふりをしながら2人の会話を盗み聞きしていた。
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