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第30章
 
2000年12月東京
 
大亜精鋼の株価は視界不良のため舞い降りる空港を見失った飛行機の様に低空を彷徨い続けていた。再度、上昇するだけの材料は無く、燃料を使いきって、あとは墜落するのを待っているかの様に・・・
大澤源太郎は再三にわたり市田を呼び出しては、早急なる対策を検討する様に命令をしたのであったが、こうなってしまっては市田にも秘策は無かった。万事窮すであった。
 
黒のベストを着たウェイターが巧みにキューバ産のシガー『コヒーバ』に専用のライターで火を付けると独特の深みのあるアロマが漂い始めた。ウェイターは赤く火の点ったコヒーバを吸い口を反対側に向けるように持ち直すと、そっと大澤に差し出した。大澤は葉巻を受け取ると、そっと口にくわえた。口の中にその何とも言えない馥郁とした香りが広がった。大澤はその瞬間我を忘れてその香りを堪能した。大澤にとって日常から逸脱できる唯一の至福の時であった。
旧山手通り沿いのビルの地下にあるシガー・バー『ハバナ』は大澤のお気に入りの場所の1つであった。大澤はいつものようにブランデーとコヒーバを満喫していた。いつもと違って、1つだけ気に障っているのは、先ほどから目の前に座っている男の存在であった。男は上から下まで黒尽くめのいでたちで、照明のおとされた暗いバーの中でも色の入った伊達眼鏡をかけていた。男は年のころは大澤よりも一回り若く、がっちりとした体つきで、整髪料で髪をオール・バックに撫で付けていた。見るからに一般人ではなく、その筋の者とわかる風貌であった。午後5時をまわった頃で店には大澤達以外の客は誰もいなかった。それでも大澤は用心して声を落として話していた。
「最近はどうなんだい、ビジネスのほうは」
「まあ、このご時世で、うちもご多分に漏れず厳しいですよ」そう言うと男はシングル・モルト・ウィスキーの入ったグラスを手にした。男の中指には幅の太い金の指輪が光り、小指は第2間接から先が無かった。
「社長、また何か仕事まわして下さいよ」男は媚びる様に大澤に言った。
「おい、こんなところで社長はやめてくれ」
「まえに手伝ったマニラの仕事みたいな話はありませんかね。うちの東南アジアのネット・ワークは充実していますからね」
大澤の表情が急に険しくなった。さらに低い声で相手の男を威圧する様に言った。
「おい、マニラの事は2度と口にするな、いいか」
「すみません」男は大澤の凄まじい形相に圧倒された。大澤の灰皿を取りかえる為に後ろで頃合を見計らっていたウェイターがさっとテーブルの上に置かれた灰皿を取り替えて、またカウンターに戻って行った。大澤は一瞬しまったと感じたが、別に何の話かウェイター風情にわかる訳はないと思うと、気を取り直して話を続けた。
「まあ、おまえとは今後も長い付き合いになる。悪い様にはしないから、そう焦りなさんな」大澤は男を諭す様に言った。
「宜しくお願いしますよ」男は頭を下げた。大澤は何気なく時計に目をやってから男の方を見た。
「そろそろ次に会う約束の人がこられるので、引き上げてもらっていいかな」大澤は男にこの場から立ち去れと言わんばかりの雰囲気を漂わせていた。男は席を立つと再度大澤に頭を下げて、バーを後にした。
 
その日、清水学は大澤源太郎から呼出の電話を貰っていた。午後6時に代官山の旧山手通り沿いにあるシガー・バー『ハバナ』で会う約束になっていた。学は遅刻しないようにオフィスを午後5時30分に出た。オフィスから代官山は目と鼻の先でタクシーですぐの距離であるが、JR恵比寿駅から駒沢通りは夕刻の時間頻繁に渋滞するので、学は余裕を持ってオフィスを出たのであった。途中、多少の道は混んでいたが、目的のシガー・バーまで10分程度しかかからなかった。腕時計を見ると午後5時45分であった。ちょっと早すぎたかなと思いながらも学はバーのある地下へ続く階段を下りて行った。シガー・バー『ハバナ』とすりガラスの窓にレタリングが施されたドアを開けようとした時、すごい勢いでドアが内側から開けられ、全身黒尽くめの服装の男が飛び出してきて、危うくぶつかりそうになった。伊達眼鏡をかけた強面の男は眉間に皺をよせて学を睨みつけると怒鳴った。
「気をつけろ。どこに目を付けてんだ」そう言うと男は階段を駆け上がって行った。学はあまりのことにどう対応したらいいのかわからず、呆気に取られていると中からバーのウェイターが出てきて心配そうな顔をして学に声をかけた。
「大丈夫ですか」
学は我に返り、ウェイターに案内されて店内に入った。一歩足を踏み入れると店内は薄暗く、葉巻の独特の香りが漂っていた。店には客の姿はなく、一番奥のテーブルに大きな体をソファーに沈ませた大澤の姿を目認した。学は大澤が1人であるのを確認してから、歩みよって声をかけた。
「大澤さん。ちょっと早く着いてしまって。宜しいでしょうか」
「ああ、清水さんどうもお忙しいところお呼び立てして申し訳ない。まあお座り下さい」大澤は前の椅子を清水学にすすめた。学が腰を下ろすとウェイターが注文をとりにきた。学は大澤がアルコールを飲んでいるのを確認してから、自分もアマレト・ソーダを注文した。ウェイターが葉巻も一緒に勧めた。学がどうしようか迷っていると、大澤が言った。
「清水さん、ここはシガー・バーですよ。ここで葉巻を頂かなければそれは無粋というものですよ。さあ、遠慮せずにあなたもどうぞ」
「それでは私も頂戴します」学は先ほどから大澤が『コヒーバ』をすっているのに気付いていた。学は大澤と同じものをウェイターに選ばせ、火を点けてもらった。学は口の中に広がる『コヒーバ』の香りに酔いしれていく自分を感じた。
「なかなかいい選択ですね」大澤が言った。
「大澤さんのをただ真似しただけです」
2人はしばらく黙ったまま葉巻を楽しんだ。葉巻から立ち上る紫煙と香の中で学は頭がボーっとして、陶酔していくのがわかった。映画『インドシナ』で大女優のカトリーヌ・ドヌーブが横たわり阿片を吸うシーンを突然思い出した。葉巻にもそれと似たような効用があるのだろうか。葉巻とブランデーでご機嫌の大澤が緩慢な動作で口を開いた。
「清水さん、今日来て頂いたのは私のスイスに預けている金の運用のことなんですがね」
「はい、でも大澤さんが直接スイスとやってらっしゃる株式投資のほうは押しなべて順調な結果を出しているじゃありませんか。あれ程の結果は出したくてもそう簡単には出せませんよ」インサイダー取引だからそれなりの結果が出て当然だろうと心の中で思いながら学は言った。
「まあ、そうなんですがここにきて私もネタ切れになっていましてね」
学はピンときた。市田昭雄から今までのように美味しい話があまり来なくなっているんだ。今年の下半期、投資銀行部の絡む株式新規公開の案件も激減していたからな・・・
「それで今後どのような運用をご希望されますか」学は訊いた。
「今後も従来通り面白い銘柄があれば是非投資をしたいんだ。特に新規公開銘柄にはね。日本以外の国の企業でも構わんよ。そのあたりの情報が定期的に頂戴出来ればと思っているんだが・・・」大澤は覗きこむように学の目を見た。
「もちろんただでとは言わないよ。今他の銀行に預けてある預金を20億円ほどおたくに移すよ。それから株なんで100パーセント上がるという保証はなく、それは私の一投資家としての自己責任でやるから心配しないでくれたまえ。そのかわり、なるだけ良質の情報を頼む」
20億円か。今の口ぶりからして大澤は来年早々には20億の金をうちに移してくれるだろう。来年の学自身の新規資金獲得目標が100億円なので、1月早々にはノルマの20パーセントが達成出来る事になる。悪い話じゃないな。学は胸の内でいろいろと皮算用をしてみた。
「わかりました。いくつかあたってご連絡します」
「宜しく頼みますよ」大澤はあと少しで火が指に届きそうになった葉巻を灰皿に置いた。グラスに僅かに残ったブランデーを飲み干すとソファーから腰を上げた。
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