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本山は再三にわたり大亜精鋼の融資について東名銀行の融資担当者とのミーティングを申し込んだが、返事が来る気配はなかった。本山は市田からは何度も急かされて、東名銀行と市田の間に落ちて四苦八苦していた。どうしようもなくなり本山は市田に泣き付き、痺れを切らした市田は大澤源太郎に東名銀行の役員と直接掛け合ってもらい、融資担当部長とのアポイントを取り付けたのであった。
東名銀行融資部首都圏事業法人担当部長の勝俣栄太郎は終始無言のまま、憮然とした表情で市田たちの前の席に座っていた。グレーというよりも鼠色のシングルのスーツを着て、頭の左側に残った髪の毛をかき上げてその見事に禿げ上がった頭頂を隠そうとしていた。長年にわたって蓄積された脂肪で腹は醜くせり出し、それは日本の護送船団方式の金融行政に守られて安穏と暮らしてきた結果を具現しているかの様であった。勝俣は市田と本田をその銀縁の眼鏡の奥の線のように細い目で見据えると言った。
「市田さん、一体おたくはどういうつもりで来られているのですか」
「どういうと言われたも、私共は大亜精鋼の大澤社長の代理でこうしてここに来ている訳ですよ」
「我行が取引をしているのは大亜精鋼であって、おたくとは何の関係も無いんですよ」
「ですから、先ほどから申しあげておりますように今日私は大澤社長の代理でお邪魔していると思って下さい」市田は怒りを押さえるのに精一杯であった。勝俣はどんな理由があったにせよ、目の前に座る薄汚い株屋たちが上層部を使って上から爆弾を落としてきた事が許せなかった。
「とにかく、本件に関しては、私共の話す相手は大亜精鋼であって、おたくではありませんから、これ以上こうしていてもお互いに時間の無駄だと思いますがね」勝俣は敵意を露にした。
本山は市田の怒りが頂点に達しようとしているのがわかると、素早く市田の耳元に何かを囁いた。市田は満足そうに肯くと大勢を整えるかの様に勝俣の方に体の真正面を向けて不敵な笑いを浮かべた。
「お話を聞いて頂けないのであればこのまま失礼して、大澤社長のご指示通り上の階で、片岡副頭取にお会いするしかないですな。ここに片岡さんの携帯電話の番号も貰っていることだし」
市田は本山に目配せして、腰を浮かした。
「本山、さあ行くぞ。これ以上勝俣部長さんの貴重な時間を潰しちゃ失礼になるからな」
徹底した階級社会の日本の銀行で生きてきた勝俣にそれは強烈なボディー・ブローになって鳩尾に深く入り込んだ。一瞬目の前が真っ暗になり息が出来なくなるほどに…勝俣は少々やり過ぎてしまった事に臍を噛んだ。
「市田さん、そんな事でうちの片岡の時間を使うのもなんですから、仕方ありません、今日のところは私が承りましょう。それに今日は定例の役員会があったと思いますので…」勝俣は急に態度を180度変えると、市田達に媚びるように迫った。
「ああ、そうですか。それじゃ今日のところは勝俣部長さんに話しを聞いてもらいましょうか」市田は満足そうに言うと、偉そうな格好で反り返るようにソファーに掛け直した。勝俣は恨めしそうにそんな市田を睨みつけた。
「本山、それじゃ早速、大亜精鋼の件を勝俣部長さんにご説明申し上げろ」
市田の指示に従い、本山は株式市場が現状のまま推移すれば大亜精鋼の転換社債の返済が8月に到来する事を説明した。
「約200億円の金が必要になるんですよ、返済に」市田が勝俣に向かって言った。
「しかし、大亜精鋼はもうすでに我行で設定した融資の枠を使いきってしまっています。ですから新たに200億円もの資金をつけてやるのは実質無理としか言いようがありません」勝俣は喉がカラカラに乾いているのに気付いた。
「ええ、その状況はうちでもよくわかっています。この状況で更に200億もの追加融資がどれだけ困難かもわかっていますよ」
「それじゃ、今日の訪問のご趣旨は?」勝俣は何時の間にか市田によって窮地に追いつめられようとしていた。
「ここは痛み分けと言う事で、おたくには今年の8月に大亜精鋼に100億円追加融資をして貰いたい」市田は断言した。
「そんな事、私の一存では決められる訳ないじゃないですか」勝俣の声は震えていた。
「決められますよ。大亜精鋼が返済出来なければ、債務不履行となり会社は倒産ですよ。そうなると東名銀行の貸付債権はすべて不良債権と化す訳ですな。8月といえば9月の中間決算期の直前ですから銀行にとっても影響が大きいんじゃありませんか。自ずと取られるべき手段は限られてきますよ」
「あなたは東名を脅すつもりですか」小心者の勝俣の声は裏がえっていた。
「そんな滅相もない。ただ我々は大亜精鋼に替わって真摯にお願いしているだけですよ。東名さんぐらいの一流銀行でしたら、お願いの意味するところがお分り頂けるんじゃないですか。我が社も残りの100億を何とか手配しますので、ここは1つお互いにがんばりましょう」
市田はおもむろに時計を見てからわざとらしく本山に向かって言った。
「本山、もうこんな時間だ。そろそろお暇しよう。勝俣部長さんもお忙しいから」
勝俣は2人をエレベーター・ホールまで送った。エレベーターに乗る前に市田が勝俣の耳元に囁くように言った。
「色よいお返事をお待ちしていますよ」
勝俣はエレベーターに吸い込まれて消えていく2人を見送った。出来ればこのまま永遠に消えてしまう事を念じつつ。
エレベーターの中で、本山は一仕事終えてご機嫌な市田に訊いた。
「市田さん、うちでも本当に100億円の金を用立てるのですか」
「馬鹿野郎、あれはあの禿デブ野郎を落とす為のまあ言葉のあやだな」
「それじゃ…」本山が当惑した顔を見せた。
「まあ、これと同じ事を他の2、3の銀行でもやるんだ。でも他はどこも東名銀行ほど大亜精鋼には貸し込んでないから、東名と同じようにはいかないかもしれん。取りあえず、100億分はまたうちで転換社債を出す事になるかもな」
「転換社債ですか。でも今の株価じゃ100億でも難しいのでは…」
「ああわかっているさ。だから、またひとつ仕掛けて株価を釣り上げるしかないだろう」市田はいとも簡単に言ってのけた。本山はそんな市田の様子を見つめたまま、自分がこの男と一緒に大きく道を外して深い泥沼にはまってしまっているのを再確認したのであった。
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