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第32章
 
2001年3月東京
 
暦の上では立春を過ぎ春の季節であったが、依然発達した冬型の気圧配置から容赦なく寒気が関東平野に吹き込んでいた。通りを行き交う人々の口からは漏れる息はドライ・アイスを水に浮かべた時のように真っ白だった。大亜精鋼・財務部長の本田千秋はユナイテッド・リバティーの本山憲造と朝岡慎介を連れだって大手町にある東名銀行の本店の応接ソファーに腰を下ろしていた。出された日本茶を啜りながら、本田は本山に向かって言った。
「本当に市田さんが言われるように、東名さんは黙って100億円に上る融資を無担保で引き受けてくれますでしょうか。うちの担当もかなり難色を示していましたからな」
「ですが、先般うちの市田がかなりしつこく東名の融資部長に迫っていますので、彼らとしても何らかの形で対応しなければならない状況です」
東名銀行の融資部長、勝俣栄太郎は若い2人の部下を連れて、その醜いでっぷりとした腹を突き出して応接室に入って来た。勝俣は応接椅子の上座に威厳を示すかのようにたいそうに座った。先般の市田昭雄の奇襲が面白くなかったらしく、勝俣は憮然とした表情で挨拶もそこそこであった。
「早速ですが、例の融資の件について我行のほうでもいろいろと検討しましてね…」勝俣は意味深に言葉を切った。
「それで融資は出来そうなんですか?」本田が先を急いだ。
「御社は既に設定された融資の枠をすべて使いきっておられるのですが、我行としましては御社の先代の社長さんの頃からの長年にわたるお付き合いもあり、特に副頭取の片岡の方からも再検討する様に言われましてね。本来のうちの内規によればとても新規融資など考えられないところを今回は何とか融資部の方で特別稟議をあげましてね…」勝俣は恩着せがましく延々と話しを続けた。痺れを切らした本田が勝俣に迫った。
「それで融資の決定はなされたんですね」
勝俣はそんな本田を蔑むように見つめながら肯いた。
「いや、これでうちも何とか乗り切れます。勝俣はん、おおきに」
横に座っていた本山も内心ほっと旨をなで下ろしていた。
「本田さん、ちょっと待っていただけますか」勝俣が緩んだ空気を鋭く切りつけるように声をあげた。
「はい、なんでしょうか」
「ええ、ただしこの融資には条件があります」
「条件?」本田は狐につままれたような顔をした。
「そうです。つまり、ご依頼の通り転換社債の償還に必要な資金の半分、100億円は確かに我行で融資いたします。しかも無担保で」勝俣は『無担保』という言葉を特に強調した。
本田と本山は黙ったまま勝俣の話しを聞いていた。
「ただし、その融資は残りの100億円の資金を御社が確保出来た事が確認出来た後に実行します。つまり、まず別から先に調達して、それを我行に預金して貰います。それにうちが追加融資をして合計200億円にしてから、返済資金として送金をします。何も問題はないと思いますが」
「なんや、それやったら問題ありまへん。足りない分はどうせ他から集めなあきまへんからな」本田はいとも簡単そうに言い放った。しかし本山は本田のとなりで黙ったまま勝俣の真意をいろいろと思案していた。確かに勝俣の言分は理に適っていた。しかし、それは残りの資金調達をかなり前倒しにしなければならない事を意味しているのだ。8月上旬の償還日のせめて1週間前までには東名銀行からの融資の実行を完了してなければならない。つまりそうなると残りの100億円の資金の調達を少なくとも払い込みベースで7月の中旬までには終わらせなければならないのである。そこから逆算すると、再度転換社債を発行するのであれば5月の終わりまでに準備をすませて6月には発行を終えている事になる。はたしてあと3ヶ月で大亜精鋼の株価はどこまでもどるであろうか。転換社債の発行が無理な場合、他の金融機関がメイン・バンクの東名銀行に先んじて100億円からの資金を無担保で融資するとは思えなかった。3月末の決算期末を控えて株式持合解消の売りにも拍車がかかり、大亜精鋼の株も300円台半ばで推移していた。本山のエクイティ部では大亜精鋼が100億円もの資金を調達するには少なくとも600円台まで株価が回復しないと難しいと見ていたのであった。本山は重苦しい雰囲気で勝俣に訊いた。
「私共が先に用意する100億円は何時までに預金として御行にさし入れなければならないのでしょうか?」
勝俣はここぞとばかりに更に傲慢な態度を増長させた。
「まあ、本来であれば6月末には預金の入金がなされないと困難なんですが、ここは私が内部で上の方に直々に説明しますので、7月10日ごろまでに入金されれば何の問題も生じないでしょう」
「7月10日ですか・・・」本山はため息交じりに言った。すべての事が当初予定していたより約1箇月前倒しになるのであった。
 
東名銀行でミーティングを終えて本山憲造は本田千秋と別れるとオフィスに直行して市田に結果を報告した。市田は自分のデスクで眉根を引きつらせて本山からの報告に耳を傾けていた。
「うちが先に100億用意しないと東名は残りを出さないと言うんだな」
「それも7月10日ぐらいまでには東名銀行に預金として入金しなければならないんです」
「そうか…困ったな」市田は暫く黙り込んだ。本山がそわそわと落ち着かない様子で市田の次の言葉を待った。
「それで、勝算はあるのか」
「再度転換社債を発行するのは、今の株価ではかなり難しいと言わざるを得ません」
「どの位ならいいんだ?」
「そうですね、せめて600円まで回復しないと…」本山は恐る恐る言った。
「600円、今日の引け値は340円だぞ!あと3ヶ月で株価が2倍になると思うのか」市田は批判するようなトーンで言った。
「それは…」本山はその先の言葉が出てこなかった。市田は窓の外を見つめて暫く思案に耽った。あの大澤源太郎の顔が浮遊霊のように市田の脳裏を去来した。市田は突然軽い目眩と針がさすような頭痛を感じた。急に視界がぼやけて意識が遠のいていくような錯覚に襲われたのであった。
「市田さん、大丈夫ですか」本山が訊いた。本山の声で市田は頭にしつこくこびりついた大澤の呪縛から我に返った。市田は悪夢から早く覚醒するよう頭を左右に振った。
「ああ、とにかく3ヶ月先の株式市場の事なんてわかる分けがない。幸運の女神が俺達についてくれれば株だって上がるだろう。とにかく準備だけはしておこう」
「アナリストにも手伝ってもらいますか?」
市田はあの鈴木太郎の事を思い出すと、吐き捨てる様に言った。
「あんな奴、屁の突っ張りにもならんが、何もないよりはましだろう。奴にはまたひと働きしてもらうか」
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