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その日、日比谷のノーブル・ホテルでは経済同盟会の定例の会議が開催された。昼食を交えての会議は午後2時には閉会となり、赤い絨毯が敷き詰められたエントランス・ロビー・ホールは帰途に着く日本の経済界を代表する面々で埋め尽くされていた。日比谷通りに面した正面玄関の車寄せには黒塗りの車が大挙してご主人様の出迎えに殺到していた。普段は優雅な身のこなしの年配のドア・マンもこの時ばかりは交通整理に四苦八苦していた。大きな体躯をした大澤源太郎はまわりの群集とくらべて頭1つ分背が高く、運転手は正面玄関に姿を現した大澤をいち早く見つける事が出来た。大亜精鋼の社用車は滑る様に車寄せに進入した。ドア・マンが後部座席のドアをあけて大澤が車に乗り込んだのを確認するとドアを素早く閉めた。車はそのまま日比谷通りに出るとその先の内幸町の交差点を右折して霞ヶ関の首都高速の入り口を目指した。官庁街の手前まで来たところで車が動かなくなってしまった。不審に思って大澤はバック・ミラーに映る運転手の顔を見た。ミラー越しに視線を会わすと運転手が言った。
「社長、あいにくデモの様でございます。暫くお待ち下さい」
「この後の予定は何も入ってないから、大丈夫だ」大澤は運転手に向かって応えると窓の外に展開するデモの長い列を何となく眺めていた。鉢巻をして、めいめいがプラカードを掲げ、中には道幅一杯の長さの横断幕を持った者たちもいた。そうしているうちに大澤は急にその風景を遥か遠い昔にどこかで見たような感覚に見まわれた。それは何か自分にとってとても大切な事であった様な気がしてならなかった。暫くあれこれ思いを巡らせていると、目の前のデモ行進がかつてタイの工場であった労働争議の時のストライキの光景に輪郭を鈍らせながら重なっていったのであった。それは今から20年も前の話で、先代の社長がアジア進出を積極的に展開していた1980年代初期の事であった。先代の社長は当時未だ30歳にも満たない源太郎を後学の為にと労組との交渉が緊迫しているタイの首都、バンコクへ連れて行った。労組の要求は明確で、工場の労働環境の改善と賃上げであった。先代の社長は労組の幹部との約1日をかけた話し合いの後、結論を出したのあった。社長の決断は大変潔いものであった。つまり、労組の要求を全面的に受け入れたのであった。交渉の後で先代の社長は源太郎に言ったのであった。大亜精鋼はアジアの民の協力のもとに着実に発展・成長している。アジア無しに繁栄は無いのであると。故に、アジアの民には協力を得た分だけ報いなければならない事を切々と語ったのであった。大澤はそんな父親と今の自分を無意識のうちに比較していた。今の自分は一体何なんだ。志の低い、私利私欲に固まった商業至上主義者ではないか・・・何時から、自分はこんなにまで道を踏み外してしまったのだろうか。大澤は今の自分の境遇を恨めしく思いつつ、自問自答しないではいられなかった。どのくらい経過したのであろうか、車はようやく息を吹き返えそうとしていた。
「まもなく動きだしそうです」運転手が伏し目がちに振返って言った。
車窓の風景がゆっくりと流れ始めた。大澤は窓越しに官庁街を眺めながらこれから先の大亜精鋼の事をあれこれと考えた。大澤は突然何かを思い出したかの様に体を車のシートから起こすと運転席のドライバーの方に身を乗り出して言った。
「すまんが予定を変更して千住まで行ってくれ」
「かしこまりました」ドライバーは大澤の指示に従って桜田通りを右折して皇居の方に向かった。車は約30分ほど走ると、車窓から目に入る風景は一変し、背の低い木造建築の家屋が肩を寄せ合うようにひしめき合っている下町の風情が漂い始めた。大澤は遠い昔に残してきた懐かしい匂いがするような感覚にみまわれた。大澤は特定の場所を告げた訳ではないが、ドライバーは無言のまま車をかつて大亜精鋼の町工場があった発祥の地へと向けて走らせていた。しばらく行くと車のスピードが落ちて、静かに停止した。そこはまさに大澤の父が大亜精鋼を創業した場所であった。大澤は驚いてドライバーの顔を見た。かれは優しそうな微笑をたたえて昔を思い出すように遠い目をして言った。
「先代の社長もいつも悩み事がある時や考え事をされたい時は決まってここに来られましたものですから・・・」
「親父がですか・・・?」
運転手はただ黙って頷いた。大澤は胸が締め付けられる思いがしてその先の何と言ったらよいのかわからなかった。
「ちょっと1人になりたい。少し歩いてくる」そう言うと大澤は車から降りた。かつての大亜精鋼の工場は今では人手に渡り、下町の零細企業の金物製造の工場兼倉庫として使われていた。ちょうど通りに面した入り口のところでは製品の搬出作業に従事する男達の声が飛び交っていた。男達はおそろいのユニフォームを着て倉庫と搬送用のトラックの間をひっきりなしに往復していた。その風景はまさに大澤が小学生だった頃に見たものとうりふたつであった。大澤はそこに暫く佇み複雑な気持ちでその様子を見ていた。何かを自分に言い聞かせる様に頷くと大澤は踵を返して車に戻って行った。運転手が車の外で大澤の帰りを待っていた。
 
清水学は大澤が年末に約束してくれた新たな20億円の新規の資金の移動の話しを信じて、その後様々な投資の情報を提供していた。しかし、大澤からの連絡はまったく無く、20億の話は単なる口約束に終わっていた。気になった学はパソコンで大澤の口座の内容を念の為に確認してみた。すると驚く事に大澤は学が情報を提供した銘柄の株をすべて1億円単位で購入していた。中には既にキャピタル・ゲインが3割以上も出ているものもあった。これじゃ自分は大澤の甘い誘いにつられただけじゃないか。そう思うと騙されたという悔しい気持ちが沸々と心の底から湧き出してきた。プライベート・バンク内部でもすでに大澤が新たに20億円の資金を移してくる話を上げていた。それに対する特別なサービスという事で大澤にはいろいろな美味しい情報を提供したのであった。次の定例営業報告会でこの件をどう説明したらいいのだろうか。とにかく大澤源太郎は上得意客という事でプライベート・バンク内でも認知されていたから、ある程度のルール違反は目を瞑ってもらえるだろうが…大澤本人に事の真相を聞いてみよう。学は大澤に電話をいれてみる事にした。学は大澤の会社に電話を入れた。電話には大澤の秘書がでた。清水学からの連絡は直接取り次ぐように言われているらしく、秘書は電話をそのまま社長室の大澤源太郎の電話に繋いだ。
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