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東京IPO特別コラム:「アメリカ中東政策の崩壊」

4月のイラン・イスラエル軍事応酬
今年4月、イラン・イスラエル間で初めて、互いの国土に向けての武器類の応酬が繰り広げられました。しかし、拍子抜けするほど、互いに抑制のきいたものでした。

まずイランが発射した際には、ウクライナ戦争で使用されないような、安モノドローン、あるいは火力のないデコイ(ミサイル防衛システムの注意を分散させるために使われるオトリ)ばかりを2〜300発であったと言われます。しかも、イラン本土から発射していますので、イスラエルへ到着するまでに5時間程度かかり、その間にイスラエルやその友軍がミサイル防衛システムを発動させ、撃ち落とせるだけの余裕を与えています。

もし本気なら、イスラエルにもっと近いシリアからヒズボラを使って攻撃することもできます(これなら、イスラエルに時間的余裕を与えません)し、最近開発したと目される超音速ミサイルを放てば、イスラエルまで数分で到着するため、これまたイスラエルがミサイル防衛システムを発動できるか、分かりません。

これに対し、イスラエルも報復するという宣言という名の事前通告付きで、申し訳程度の3発のドローンを発射し、イランがミサイル防衛システムを発動させ、実害がないように配慮されています。加えて、イスラエル政府は、正式には自国軍による軍事行為とは宣言していません。要するに、「報復」と呼ぶに値するか怪しいほどの出来事でした。

こうして、すわ第五次中東戦争とも、第三次世界大戦とも、恐ろしい予感が世界を駆け巡った事件は、唐突に幕を引いたのでした。結局何だったのか?と疑問が残りますが、色々興味深い点がいくつか判明しています。

ことの起こり
今回の事件の直接の引き金は、今年4月シリアの首都ダマスカスにあるイラン領事館を、イスラエルが攻撃し、イラン革命軍の高官2名を15名も巻き添えにして殺害されたことでした。この高官は、イランからヒズボラへ武器を供給し、各種指示を与える役割を担っていたと目されています。以前お話しました通り、イランはレバノンのヒズボラを使い、イスラエル北部を脅かす一方、その報復として、イスラエルは国境付近のレバノン領を占領し、その撤退を監視するため国連軍が駐留しています。

昨年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降、ヒズボラは、ハマスの援護射撃的にイスラエル北部での戦闘を激化させています。すなわち、イスラエルに対ハマス、ヒズボラと2正面作戦をとらせているわけです。さらにイエメンに拠点を置くフーシも呼応するかのように、ヨーロッパ諸国の船が行きかう紅海上で、親イスラエルのヨーロッパ諸国の船を襲撃しています。迂回策として、これらの船はアフリカ大陸を周回させるルートをとらざるをえないため、ヨーロッパ諸国へ物価上昇というダメージを与えています。

このように書くとイランが非常に攻撃的ですが、イスラエルも黙ってはいません。大きく報じられないだけで、イラン国内で何度もイラン軍人や科学者を暗殺し、サイバー攻撃及び、ドローン攻撃まで行っています。*

こうした「暗闘」が続く中、イスラエルは、在シリアのイラン大使館へ直接攻撃しました。ここで「大使館」であることが大事なポイントとなります。大使館は国際法上、その国の領土の一部とみなし、外交特権として例え現地の罪人がその大使館内に入ってしまえば、地元警察も容易に手を出せない存在です。ですので、イランがこれをイラン国土への攻撃と主張するのは正しいことです。イランとしては、ずっとイスラエルによる暗殺やサイバー、ドローン攻撃を野放図にできない、いつかイスラエルを懲らしめなければ、と考えていたでしょう。そんな矢先に、警告を発するちょうどいい「大義名分」を、イスラエルが与えた格好となったわけです。

一方、過去に何度も軍人や科学者の暗殺、イランへのドローン攻撃もしていますので、イランが上記のように主張し、報復するとは考えておらず、今回の攻撃も軽く考えたか、アメリカにも事前通告していなかったと、言われています。加えて、イランが報復するというのですから、バイデン大統領がイラン報復を「予言」し、アメリカはイスラエルを「鉄の決意」で支持すると宣言すると共に、報復を断念するようイランに呼びかけました。そんなアメリカ大統領の発言に抑止力はないと言わんばかりに、イランは報復措置をとったように見えますが、前述の通り、イスラエルに充分対応できる余裕を与えての、抑制のきいた攻撃でした。

「誰が」イランの飛来物を撃ち落としたか?
ここで興味深いのは、実際に「誰が」撃ち落としたかです。イスラエル軍は99%と豪語しましたが、実際にイスラエルが単独で撃ち落としたのは、約半分と言われます。残りは米軍とヨルダンです。

イランからイスラエルへ直線距離で移動する際に、通過する国は、イラクとヨルダンになります。米軍はイラクと地中海に居ますから、在イラクの米軍は撃ち落としました。しかし、イラク政府は違いました。すなわち、米軍が撃ち落とすのを止めもしないが、イラン発の飛来物も止めない、全くの傍観者の立場をとりました。以前お話しました通り、シカゴ・ボーイズによって、イラク国民は反米に傾いていますし、自然と隣国のイラン側に流れていきます。とはいえ、今回は「抑制的」な攻撃ですので、イランとしてはイラクが撃ち落とさなければ、それでよし、としたのでしょう。一方、イスラエルの隣国ヨルダンは、「ヨルダン国防」の名の下に積極的に撃ち落としました。

以前お話しました通り、第一次世界大戦後、「アラビアのロレンス」に味方してトルコ帝国に反旗を翻した見返りに、イギリスはハーシム家にヨルダンを与え、その国王としました。よって、元々ヨルダン王家は親欧米なので、今回の行為は理解できる範囲内です。但し、イスラエルのパレスチナ人への仕打ちの結果、パレスチナからヨルダンへ避難し、そのまま定着した人々が、もはやヨルダンの過半数であるともいいます。ですので、あからさまな親イスラエルの行為は、国王にとり本当はリスキーなのです。**

外交上の勝者と敗者
この件で外交上の勝者と敗者を考えるとするならば、勝者は第一にイランということになります。イラン、イスラエルとの暗闘が直接対決に表立つチキン・ゲームの中で、今回このまま本気で戦うとなれば、どちらが勝つか?という問いに対し、双方ともイランが勝つという結論に至ったからです。

今回、イランはイスラエルよりも冷静かつ民間人の巻き添えがないよう配慮しつつ、国際ルールに則り、かつ及び腰のイスラエル報復も無視できる、「大人」な対応が取れる国であることを見せつけました。さらに、イスラエルによる単独戦争ではイランに勝てる自信がないという、イスラエルの限界並びにイランの軍事力が、垣間見える瞬間でもあります。

但し、1つ注意しなければなりません。イスラエルは通常アメリカを味方に付けていますから、アメリカの軍需品支援を背景にやりたい放題でした。しかし、近年ウクライナに長期間欧米諸国は軍事支援をした結果、これらの国々の武器類は、大方払底しています。ですので、現時点イスラエルは欧米諸国から継続的に大量の武器援助が得られない状況です。いくら強気のネタニヤフ首相といえども、アメリカ大統領の言葉は無視できても、武器不足という現実に屈する以外にありません。

一方、第一の敗者はアメリカでしょう。バイデン大統領の報復を断念するよう呼びかけた直後にイランから攻撃され、さらにイスラエルに対し、攻撃的報復措置には反対だときつく言っても、やはりイスラエルは報復措置に出ました。どちらも、アメリカのいうこと等聞いていません。覇権国としては、面目丸つぶれです。イスラエルはしばしばアメリカの自制の呼びかけを無視しますが、今回「鉄の意志」で支援すると言ってしまった直後ですから、イスラエルが大船に乗ったつもりで、強気な行動に出てしまうのは当然です。無様な外交術が露呈し、何ともお粗末な限りです。(イラク戦争当初、イラクがイスラエルにスカッド・ミサイルを発射し、地域戦争に拡大させようと試みた際、ブッシュ(子)政権がイスラエルからの報復を押しとどめられたのと比べれば、なおさらです。)

加えて、今年はアメリカ大統領選挙の年です。バイデン大統領としては、イスラエル資金は欲しいですが、あまりにイスラエル寄りを見せてしまうと、国内のアラブ系アメリカ人の票はおろか、民主党内のリベラル派まで失ってしまいかねません。(尤も、外交政策でアメリカ大統領が選出されることはまずありませんが、今一つ人気度が低いバイデン大統領も再選が危ぶまれます)

それ以上に、そもそもアメリカの中東政策がイスラエル政策の受け売りそのもので、落としどころを全く政権内で見出せていない点が、誤りの根源でしょう。ネタニヤフ政権が国内で最高に不人気すぎ、対ハマス戦争継続を理由にしない限り政権を維持できなさそうな状態であるのですから、アメリカに交渉力のアドバンテージがあります。このような時を利用し、バイデン政権がイスラエルにその存続の代償にパレスチナ国家承認を受け入れるよう、もっと強く圧力をかけるべきなのです。

もっと長期的に見ても、アメリカが去りゆく中東で、力の空白をロシアが埋めているのですから、ロシアの影響下の中東でイスラエルがパレスチナ国家を承認させられるよりは、アメリカ覇権が完全に衰退する前に、アメリカ主導であるうちに、パレスチナ国家を承認した方が、イスラエルにとり好条件ではないのか、と諭すべきです。

しかし、現実にはバイデン政権のトップには、アラブ側の考え方や声を理解する体制(人事)ができておらず、イスラエル側の見方しかできないと言われています。

そして、第二の敗者は、サウジアラビアでしょう。元々サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化を模索していましたが、ハマス(・イラン)に阻止された形です。中東・西アジア地域の雄を決める鍔迫り合いが、イラン・サウジアラビア間にあるように考えられます。

そもそも、サウジアラビア人はパレスチナ人と同じアラブ人ですが、イラン人はアラブ人でさえありません。本来地域の雄を主張するなら、パレスチナ問題は避けて通れませんが、完全に親米政策をやめたわけではないサウジアラビアは、玉虫色外交にならざるを得ません。お金はあるから地域の雄になりたい、なって当然と思うのに、地域の問題には異様に静かになってしまうのです。(日本と近しいところがありますが。。。)古代から中東付近で帝国を築いてきたのは、アナトリア半島(現トルコ)か旧ペルシャ(現イラン)ですから、歴史的に地域全体を見渡す習性があり、またそうした歴史を持たないアラブ半島の人々には不足しているのかもしれません。

そうした間隙に、イランは地域の雄となるチャンスを見出すわけです。

 

* “Bombs and viruses: The shadowy history of Israel’s attacks on Iranian soil”, April 15, 2024, Al Jazeera
https://www.aljazeera.com/news/2024/4/15/bombs-and-viruses-the-shadowy-history-of-israels-attacks-on-iranian-soil
** “Tightrope: Jordan’s balancing act between Iran and Israel”, April 21, 2024, Al Jazeera
https://www.aljazeera.com/news/2024/4/21/tightrope-jordans-balancing-act-between-iran-and-israel

 




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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