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東京IPO特別コラム:「多極化世界というリスク」

前回、前々回にわたり日米同盟のメリット、デメリットについて考察した。今回は、今後同盟が立ち向かうべき、多極化世界という新しいリスクについて考えてみたい。

資本と国家のロジックのせめぎ合い
資本のロジックと、国家(国際政治や安全保障)のロジックは、両立するとは限らない。先進国の大口投資家からすれば、途上国へ資本投下し、その国が無事工業化し、著しい経済成長を見せれば、巨額のリターンを期待できる。また、その国の人口が多ければ、経済成長に伴い巨大市場ともなり得るし、安い労働力として自国工場を移転させるのに魅力的な土地に見える。

純粋なビジネスの視点からは、政治体制やイデオロギーが同じだから、同盟国だから、などの政治的要因が、投資先選定時の制約条件にはならない。また、その途上国が投資後にどれほど強力な国家になろうと、気にしない。ここが、国際政治と資本の相容れない部分であり、常にせめぎ合い、妥協することとなる。

例えば、戦後の日本と中国がいい例だ。日本産業界は、中国市場への進出の機会をずっと窺い、国会議員たちも、1949年と早くも超党派の日中貿易促進議員連盟を結成した。そして、ニクソン大統領が1972年訪中するや、中華人民共和国との国交樹立のゴーサインが出たものと解釈し、田中角栄首相が急ぎ同年訪中し、その訪問中に国交樹立するというスピード外交を実現した。(実際には、アメリカはそのようなメッセージを送ったつもりではなかった。アメリカ自身が国交樹立するのは、1979年と大分先の話)

その後の1989年天安門事件により、中国の重大な人権侵害を問題視し、日米欧は共同で対中経済制裁を行った。しかし、台湾や韓国企業の「抜け駆け」に焦った産業界の要請で、事件以後G7内で最初に訪中したのが、日本の海部俊樹首相である。これにより、対中経済制裁網が綻び、次第になし崩しになっていった。

しかし、日米欧が中国に巨額の投資やODAを投下し、工場を大量建設し、中国人学生、技術者の留学を認めるようになって数十年たてば、かつてソ連を敵視し、日米欧と協調関係を切望した中国も、やがてその国力故に脅威にも機会にも映り、国際政治と資本のせめぎ合いも一段と激しくなる。

中進国の量産体制
さて、第二次世界大戦後、後進国から中進国にアップグレードしたのは、中国だけではない。上記の資本のロジックで、多くの非共産主義国へ日米欧は資本投下や技術供与をした。2004年までG7諸国が世界のGDPの6割を超えており*、途上国へ工業化に必要な資本を潤沢に持ち、さらに工業化に必要な様々な技術も寡占状態であった。こうした事情を背景に、世界銀行やアジア開発銀行等を通じて、途上国へ資本を融通した。(共産圏内は、共産党政権維持のための資金提供はあったものの、基本的にはソ連への搾取体制であった。)

言い換えれば、G7諸国とある程度協調関係を築かなければ、途上国は工業化に必要な資本にも技術にも、アクセスは難しかったのである。しかし、G7諸国から途上国へという一方向しかなかったものが、やがて南々協力という形で途上国がさらなる後進国へ支援するという流れも生まれてきた。それまで、各途上国はG7諸国から資本や技術を得る上では、ライバル関係にあったが、ここにきて協業関係も見られるようになってきた。そして、少しずつ後進国も中進国にまで発展する国々が登場し、2022年時点でG7が世界GDPに占める割合は43.5%にまで落ち込んでいる。

この底流が以下の現象の下地となっていく。

1)資源価格はもはやG7に有利にならない
性能のいい工業製品を製造できるのは先進国だけで結束しやすかった一方、地下資源は世界各地に散在するため、同じ資源を産出する国々は昔からの盟友というわけでもなく、むしろ知らない相手、あるいは競合相手と見ていたか、彼らの外交視野が、周辺国と先進国に集中し、さらなる外界に注目する余裕がなかったのかもしれない。そのため、国際カルテルを作ることもなく、全般的に先進国に有利な形で国際価格が決められていた。

これに反旗を翻したのが、産油国だ。たまたま中東地域に原油の大部分が偏在していたことが幸いして、中東産油国が中心となりOPECを結成し、原油価格を引き上げ、さらに政治的意図を加えて、親イスラエル国には石油を売らないという宣言をし、世界に衝撃を走らせた。これが、オイルショックである。

そして、今後様々な国際資源カルテルが生まれないとも限らない。先進国だけが、国際資金調達方法ではなく、また自国製品にとり主要市場とは限らなくなる分、否が応でも外交視野が全世界へと広がっていく。その過程で、同じような悩みを抱えている国々を発見すれば、第二、第三のOPECのような動きが生まれてもおかしくはない。

また、これだけ中進国が生まれると、作り手が増える分、中程度以下の工業製品の希少性は下がる。(ブランド力が強いものは別として)一方、エネルギー資源、工業製品の原材料としての地下資源の価値は、電力や工業製品に対する購買力を持つ人口が増える分、高まっていく。加えて、中進国は、大型船舶など国際輸送能力も製造でき、国際市場へ自力で持っていくことができる。そうなれば、従来この点を見透かして強い価格交渉力を誇示していた買い手側には、ますます不利な状況になっていく。

2)武器もまた拡散する
冷戦期は東西両陣営の盟主、米ソが中心となり、武器そのものや、武器製造に繋がる技術(当然軍民両用(デュアル)技術も含まれる)が敵対陣営に行かないように、また自陣営内の地位を維持するため、目を光らせていた。これが、ある意味国際的に武器や関連技術拡散防止に役立っていた。特に、核兵器・技術に関しては、国際原子力機関(IAEA)という国際機関を設立し、現在でも疑わしい国々へはIAEA査察団を派遣し、事実を質そうと努力し、協力しない国を「悪い」に違いないと断罪している。

しかし冷戦後、それまで抑えられていた紛争がいくつも発生した。その代表例がユーゴスラビア連邦の解体だろう。共産党政権が崩壊し、連邦制だった4州が、内戦の末それぞれ独立した。ちょうど、旧ソ連軍所有の武器・弾薬が闇ルートで大量に密輸されていた時期と重なり、そこへ輸送され、大量消費されたと考えられる。(どこかで戦争が終結しても、終結時点で大量の未消費武器・弾薬が手元に残ってしまう。国際機関が責任をもって一括購入・破却すればいいのだが、そういう機関は存在せず、再び闇ルートで他の戦場へ売られていってしまう。)

2000年代最も悪名高い武器技術取引は、北朝鮮・パキスタン間のミサイル技術と核兵器技術の交換であろう。通称A.Q.カーン博士は、インドとほぼ同時期に核兵器開発を成功させ、パキスタン国内では「原爆の父」と呼ばれ、英雄視されていた。しかし、その一方で、北朝鮮、イラン、リビアへ核兵器技術を密輸したことで、西側情報業界は世界で最も危険な男の一人と目された。2004年カーン博士は逮捕され、そのネットワーク解体に米中央情報局(CIA)や英情報部(MI6)が関わったと言われる。**一方その見返りに、北朝鮮はスカッド、ノドン(、テポドン?)ミサイルをパキスタンへ送ったと言われている。***

さらに、ウクライナ戦争以降、武器供給先としてロシアは北朝鮮と関係強化している。ロシアとしては、ウクライナ戦争の終結までの関係と考えているかもしれないが、それまでの間に、どこまで北朝鮮へ先端軍事技術が移転され、そして北朝鮮がそれを応用して新兵器をテスト・誇示し、今後の交渉カードにするかが、今後懸念される。

3)欧米を快く思わない中進国たちが独自に話し合い始める
第二次世界大戦後、米欧が中心となり、人権の尊重、民主主義等「普遍的な価値」を国際的な価値基準として推進してきた。しかしその一方で、アメリカに近しい国への批判は甘く、そうではない国への批判は厳しい。公平ではなく、これを問題視する国々は多い。

また、「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれるシカゴ経済学派が、国際通貨基金(IMF)や世界銀行を席巻した結果、中南米、ロシア、イラクを中心に、急速かつ過激な民営化を含めた経済政策を強要した結果、庶民の生活が悪化し、反発する国民を国家暴力により抑圧するという、負のスパイラルが多発した。こうした事情が、反欧米感情を産んでしまう。

それでも、従来は工業化に必要な資本や先端技術を得るため、途上国政府は、例えそれが国民感情を害し、人気度を下げると分かっていても、欧米との協調関係を強いられてきた。しかし、そこまで無理しなくとも、別の調達先候補を見出し始めている。例えば、中国が中心となって設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)からの資金調達も、可能である。

そして、こうした不満分子の集まりのような組織体として、近年注目を集め始めているのが、BRICS+であろう。元々はゴールドマン・サックス証券が経済成長の有望国として、ブラジル、ロシア、インド、中国を指した造語であったが、これらの国がサミットを開くなど細々と動いてはいた。後に南アフリカ共和国が加わり、2024年からイラン、ア ラ ブ 首 長 国 連 邦( UAE)、ア ル ゼ ン チ ン、 エ ジ プ ト、 エ チ オ ピ アが加盟した。(サウジアラビアは、2023年招待されたものの、2024年1月現在保留の態度をとっている****)

この組織体で注目すべきは、ブレトンウッズ体制の模倣が見られる点だ。前述のAIIBの他に、新開発銀行(NDB)を設立している。AIIBが世界銀行に相当する役割をするなら、NDBはIMF、すなわちBRICS+内の通貨安定のための機関である。さらに、2023年BRICSサミット上で、域内貿易では自国通貨建てを推進していくと報じられ、同年中国・サウジアラビア間で約70億ドル分の通貨(人民元・リヤル)スワップ取引成立が報じられた。*****(つまり、人民元でサウジ原油を輸入できるということを薄皮一枚でぼかしている)

なお、簡単にサウジアラビアが原油代金を米ドル以外で受け取るということの意味に触れておこう。第二次世界大戦後、当時世界の金の2/3を保有するという事実を背景に、米ドルと金を連動させた金本位制を打ち出し、それまでの基軸通貨の地位は、英ポンドから米ドルへと移行した。しかし、金流出を防ぐため、1971年ニクソン大統領が金本位制を放棄した。その代わりに1974年サウジアラビアが原油代金を米ドル以外受け取らないと宣言したため、米ドルの基軸通貨としての地位はさほど揺らがず、今日に至るまでその地位を維持している。そのため、このスワップ取引は、いわば土台に近い部分での政策変更と言える。

このように見ていくと、G7主導の経済圏とは別の経済圏を、なかなか本格的に作ろうとしているように推察される。ただ、これが通常の貿易だけならよいのだが、域内貿易で別途「友誼価格」が生まれ、資源が格安で取引されれば、先進国の優位性はますます失われる。(現に、ウクライナ戦争を仕掛けたロシアに対する経済制裁で先進国が購入しない原油を、中国やインドが格安(まさに「友誼価格」)で輸入している。)

さらに、現在はまだ見られないが、域内のみにしか戦略的物資、資源の輸出を許可しないというような動きが、将来ないとも限らない。BRICS諸国だけで、金、ダイヤモンド、レアアース等のトップ産出国であり、2024年からは石油が加わるのである。

上記を総合すると、秘密裏の武器取引がこの中で話し合われ、売上代金が米ドル以外で行われるようになると、国際的な武器取引追跡が難しくなっていく。結果、様々な地域の紛争で、使用される兵器の威力が高くなり、それと共に死傷者数も比例的に伸びていってしまう。

多極化世界ということ自体、「極」としての動きがある程度予測可能となるまでは、大きなリスクなのである。

* 世界銀行データバンクより著者試算。https://databank.worldbank.org
** 「パキスタンの「原爆の父」、カーン博士が死去 北朝鮮やイランに核技術提供」、BBC日本ホームページ、2021年10月11日。https://www.bbc.com/japanese/58866409
*** “MAP: North Korea’s missile trade”, PBS website,
https://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/kim/nukes/noflashmap.html
**** 「サウジアラビア商業相、BRICSへの加盟について発言」、JETROホームページ、2024年1月19日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/01/bcd6a40297a4c9d4.html
***** “China, Saudi Arabia sign currency swap agreement”, Reuter, November 20, 2023.
https://www.reuters.com/markets/currencies/china-saudi-arabia-central-banks-sign-local-currency-swap-agreement-2023-11-20/




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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