東京IPO特別コラム:「フライングするトランプ2.0外交:どこまで世界平和を実現できるか?」
トランプ氏が今年の大統領選を制したことにより、大統領選中から静かに始めてられていたトランプ2.0外交の様子が少しずつ見えてきています。大統領就任初日にウクライナ戦争を終結させる等とうそぶき、いつものほら吹きと騙されがちですが、意外に本気で戦争止める気でいるようです。
MAGAのためには戦争させない
そもそも、アメリカの衰退を招いたものは何でしょう?理由は様々ありますが、直接的には過去の歴代政権が起こした戦争たちです。そして、現状アメリカの相当な軍事支援あるいは軍事介入を求められるのは、イスラエルとウクライナです。いずれも、いくらカネをつぎ込んでも終わりのない、「金喰い虫」です。この流出を止めないと、トランプ氏が掲げるアメリカ再興(MAGA)政策への資金がなくなります。
では、この流出をどう止めればいいでしょう?いきなり止めれば、バイデン政権のアフガン撤退のように、大きな汚点として非難の集中砲火を浴びます。しかし、止めなければ、MAGAのスタートラインにさえ立てないかもしれません。
トランプ氏の出した答えが、いかにも本人好みの、ロシアとの「ビッグ・ディール」です。
ロシアとのビッグ・ディール
そもそもなぜロシアは、ウクライナに侵攻したのでしょう?直接的にはウクライナ国内のロシア民族への弾圧ですが、その根底にはウクライナはロシアの裏庭であり、その地が親欧米政権となり、さらにはNATO加盟国となり、ロシアの喉元にロシアを標的とするNATOの核兵器が配備されるような事態は、絶対に避けねばならないという危機意識があります。
ここに、アメリカがロシアに対して切れる政治カードがあります。すなわち、アメリカがウクライナをNATOに加盟させない、(トランプ氏の想いとしては)軍事支援しない、と約束することです。そうなれば、ロシアにはウクライナと戦争する理由がなくなりますし、ウクライナ側は米欧の武器で戦っているわけですから、軍事支援を止められたら、自力では何もできず、停戦か終戦に応じるより他ありません。
では、対してアメリカはロシアに何を求めたいでしょう?それは、イランに対しイスラエルを攻撃しないよう、その影響力を行使し、実際監視・阻止することです。アメリカが中東に残した力の空白を、ロシアが埋めたわけで、イスラエルの北部にあるシリアに、ロシアはフメイミム空軍基地、ジラー空軍基地、タルトゥース海軍拠点を持っています。*ここからなら、イスラエルを攻撃しようとするヒズボラやハマス等、イランの影響下にある武装集団の行動を監視・阻止できます。
これまでレバノンの政情不安定をいいことに、ヒズボラがレバノンやシリアをイスラエル攻撃拠点として活用していましたので、イスラエル軍は隣国レバノンへ越境し、攻撃していましたが、この泥沼戦争から撤退できます。また、この撤退は、パレスチナ国家用地を併合した以上の領土的野心を、イスラエルが持たないことを示しますから、イスラエル周辺国からの信用回復の第一歩となり得ます。
イスラエルがパレスチナ人をほぼエジプト、あるいはヨルダンへ暴力的に「強制国外追放」する形でパレスチナ問題を「解決」した今、ロシアがイスラエルに対し、実質上その身の安全を保障するなら、イスラエルへの明確な脅威は、大幅に低下します。よって、アメリカはイスラエルへの軍事支援を削減できます。
恐らくここまでが、米大統領就任初日までの第一段階でしょう。
仕上げはイスラエルとアラブ界の和解
次に、イスラエルの周辺国の対応です。まだ、イスラエルは周辺大国、サウジアラビアやイランと国交樹立しておらず、今一歩踏み込んで、持続可能な平和な状態に持っていく必要があります。
パレスチナ問題を強引に「解決」した今、サウジアラビアを始めとするアラブ界がイスラエルと国交樹立する上での、最大の阻害要因は「消滅」しました。よって、トランプ政権1期目で電撃発表した「アブラハム合意」(サウジアラビアに外交権を握られているアラブ首長国連邦とイスラエルの国交樹立)の延長線上で、サウジアラビアとイスラエルを国交樹立させるよう、努力するでしょう。内心サウジアラビアはイスラエルの持つ先進技術は欲しいですし、イスラエルにとってもサウジアラビアの持つオイルマネーは魅力的です。Win-Winの関係になるはずだと、互いに考えているでしょう。
また、サウジアラビアに関しても、イランの影響下にあるフーシ派がイエメンを拠点に紅海を往来する親米欧船籍や、サウジアラビアの石油施設を攻撃することもあり、その手当も必要です。加えて、ロシアがイランへの影響力を行使するとはいえ、ロシアが手心を加える(ロシアとしても、イランカードを対アメリカやイスラエル用に温存したいはず)、またはイランが従わない場合もあり得ます。
そこで、アメリカが経済制裁を解除する代わりに、イランがフーシ派へサウジアラビアやその石油施設を攻撃しないよう、政治取引をすることで、サウジアラビアとイランの関係が改善できます。イランは既に、これまでの経済制裁に苦しみ、その国民は経済制裁解除に向け米欧と対話したいと訴えたペゼシュキアン氏を、大統領に選びました。まともに対イスラエル、対アメリカと一戦交える体力はないでしょうし、大国ロシアによる仲介という形なら、振り上げたイスラエル攻撃の拳を、体面を傷つけずに降ろせるでしょう。慎重に動くでしょうが、サウジアラビアとイランの関係が深化していけば、イスラエルとイランとの国交回復の道は開けます。
これが、トランプ氏が描いた最終段階(あるいは理想図)です。ここまでできれば、トランプ2期政権は、安心してMAGA政策に専念できますし、この和平を構想・実現させた第一の功労者として、サウジアラビア等中東大国の離れゆく心を再びアメリカの方へある程度引き戻せるかもしれません。
そして、トランプ氏がこの構想を内密にイスラエルに提示し、これができるのは自分しかいないと、説得したのでしょう。対して、イスラエルがこれに合意し、トランプ当選に向け、その強力なユダヤロビーをフル回転させたのでしょう。(民主党候補の交代劇も、もしかしたら、その一環かもしれません。。。)その「報償人事」ということでしょう、次期国務長官、国防長官、国家安全保障担当大統領補佐官、駐イスラエル大使、国連大使職に異例のスピードで、イスラエルへの熱烈な忠誠心を持つ人々(あるいは、ユダヤロビーから指導された以上に親イスラエルをアピールする人々)を指名しています。**財務長官が決まる前に、駐イスラエル大使が決まる等、当選早々このような順番で人事指名は、あり得ません。
さて、最終段階まで実現可能でしょうか?恐らく、第一段階が実現可能となるまでに、裏で相当話が詰められていると考えられます。なればこそ、バイデン政権は、来年1月までの余命短い間にこの構想を壊したいのでしょう。バイデン政権は、ウクライナに対し米国製長距離ミサイルATACMSをロシア領内で使用することを許可しました。***また、イスラエルのネタニヤフ首相に対し、国際刑事裁判所は逮捕状を発行しました。****露骨にアメリカ大統領選に介入した報復でしょうか。
トランプ和平構想のメリット
では、トランプ和平構想のメリットは、何でしょうか。何より、この構想が実現し、トランプ2期政権が新たな熱戦を起こさない場合、世界は大分平和になります。
また、日本にとり付随的なメリットがあります。それは、露朝関係が変化するということです。現在はウクライナ戦争により、ロシアは北朝鮮から武器を購入し、兵士をレンタルしています。その見返りとして、エネルギーの他、軍事技術や外貨が北朝鮮に流れます。しかし、戦争が終わってしまえば、ロシアには北朝鮮と積極的に関与する理由がなくなり、北朝鮮兵士は帰国することになります。これは、北朝鮮軍が最新の戦争を体験する期間が短くなることを意味するので、朗報です。一般的に、軍は一つ前に経験した戦争を基に次の戦争計画を練ります。自衛隊はどうしても太平洋戦争の呪縛から抜けられないでしょうが、北朝鮮軍がウクライナ戦争を念頭に次の戦争を計画するとなると、戦争計画に定性的な差が生まれます。
近年ロシアの後ろ盾をあてにして、北朝鮮は韓国を敵対国として見なし、さらなる先端兵器開発に邁進していますが、その資金が先細らざるを得なくなりますし、場合によっては韓国の敵視を緩和せざるを得ない可能性もあります。
トランプ和平構想のデメリット
逆にデメリットは何でしょう?イスラエルが約100万人いると言われたガザのパレスチナ人に対し殺戮を繰り返した挙句、エジプト国境をこじ開け、追放しました。エジプトの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)では、60万人の難民がいるといいます。*****こうした難民は定着する可能性が高いですから、いずれエジプトの民となり、反イスラエル勢力になるでしょう。彼らが過激化するかは未知数ですが、直接的にはエジプト政治への影響が懸念されます。(エジプト政府がうまく彼らを地元社会に取り込めるかが、カギとなります)
一方、長期的な視点に立つと、最大の未知数は、この和平が中東諸国の結束を促すことにより、どのような性質の地域になるかでしょう。今までサウジアラビアとイランの反目を悪用し、米欧ロがいいように中東諸国を扱ってきました。しかし、産油国のオイルマネーとハイテクと高人口/市場(イラン・トルコ・エジプト・イスラエルはそれぞれ1億人程度。ここにインドも入る?)の組み合わせは、中ロ米欧とは別個の「極」にもなり得ます。そうなると、また米欧式、中ロ式とは異なる角度から、新しい価値観や社会秩序の提案し、米欧、中ロと反目するかもしれません。
ここは、一つ思案のしどころです。
* “Assad welcomes new Russian bases in Syria after Putin meeting”, Al Jazeera, 16 Mar 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/3/16/assad-will-welcome-new-russian-military-bases-in-syria
** “What have Trump administration nominees said about Israel and its wars?”, Al Jazeera, 17 Nov 2024.
https://www.aljazeera.com/news/2024/11/17/what-have-trump-administration-nominees-said-about-israel-and-its-wars
*** 「バイデン米大統領、ウクライナにロシア領での長距離兵器の使用を許可」CNN、2024年11月18日。https://www.cnn.co.jp/usa/35226220.html
**** 「国際刑事裁判所、イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を発行」Bloomberg、2024年11月21日。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-21/SNAVJUDWLU6800
***** Nourhan Hefzy, “Egypt’s Refugee Situation: Economic Gain or Drain?”, Carnegie Endowment website, August 6, 2024.
https://carnegieendowment.org/sada/2024/07/egypts-refugee-situation-economic-gain-or-drain?lang=en4-11-21/SNAVJUDWLU6800
その他参考文献
“What’s Donald Trump’s plan to ‘end’ Russia’s war on Ukraine?”, Al Jazeera, September 17, 2024.
https://www.aljazeera.com/news/2024/9/17/whats-donald-trumps-plan-to-end-russias-war-on-ukraine
“At War in Ukraine, Putin Emerges as Potential Peace Broker in Middle East”, Newsweek, October 31, 2024.
https://www.newsweek.com/war-ukraine-putin-emerges-potential-peace-broker-middle-east-1977721
吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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https://www.mag2.com/m/0001693665
MAGAのためには戦争させない
そもそも、アメリカの衰退を招いたものは何でしょう?理由は様々ありますが、直接的には過去の歴代政権が起こした戦争たちです。そして、現状アメリカの相当な軍事支援あるいは軍事介入を求められるのは、イスラエルとウクライナです。いずれも、いくらカネをつぎ込んでも終わりのない、「金喰い虫」です。この流出を止めないと、トランプ氏が掲げるアメリカ再興(MAGA)政策への資金がなくなります。
では、この流出をどう止めればいいでしょう?いきなり止めれば、バイデン政権のアフガン撤退のように、大きな汚点として非難の集中砲火を浴びます。しかし、止めなければ、MAGAのスタートラインにさえ立てないかもしれません。
トランプ氏の出した答えが、いかにも本人好みの、ロシアとの「ビッグ・ディール」です。
ロシアとのビッグ・ディール
そもそもなぜロシアは、ウクライナに侵攻したのでしょう?直接的にはウクライナ国内のロシア民族への弾圧ですが、その根底にはウクライナはロシアの裏庭であり、その地が親欧米政権となり、さらにはNATO加盟国となり、ロシアの喉元にロシアを標的とするNATOの核兵器が配備されるような事態は、絶対に避けねばならないという危機意識があります。
ここに、アメリカがロシアに対して切れる政治カードがあります。すなわち、アメリカがウクライナをNATOに加盟させない、(トランプ氏の想いとしては)軍事支援しない、と約束することです。そうなれば、ロシアにはウクライナと戦争する理由がなくなりますし、ウクライナ側は米欧の武器で戦っているわけですから、軍事支援を止められたら、自力では何もできず、停戦か終戦に応じるより他ありません。
では、対してアメリカはロシアに何を求めたいでしょう?それは、イランに対しイスラエルを攻撃しないよう、その影響力を行使し、実際監視・阻止することです。アメリカが中東に残した力の空白を、ロシアが埋めたわけで、イスラエルの北部にあるシリアに、ロシアはフメイミム空軍基地、ジラー空軍基地、タルトゥース海軍拠点を持っています。*ここからなら、イスラエルを攻撃しようとするヒズボラやハマス等、イランの影響下にある武装集団の行動を監視・阻止できます。
これまでレバノンの政情不安定をいいことに、ヒズボラがレバノンやシリアをイスラエル攻撃拠点として活用していましたので、イスラエル軍は隣国レバノンへ越境し、攻撃していましたが、この泥沼戦争から撤退できます。また、この撤退は、パレスチナ国家用地を併合した以上の領土的野心を、イスラエルが持たないことを示しますから、イスラエル周辺国からの信用回復の第一歩となり得ます。
イスラエルがパレスチナ人をほぼエジプト、あるいはヨルダンへ暴力的に「強制国外追放」する形でパレスチナ問題を「解決」した今、ロシアがイスラエルに対し、実質上その身の安全を保障するなら、イスラエルへの明確な脅威は、大幅に低下します。よって、アメリカはイスラエルへの軍事支援を削減できます。
恐らくここまでが、米大統領就任初日までの第一段階でしょう。
仕上げはイスラエルとアラブ界の和解
次に、イスラエルの周辺国の対応です。まだ、イスラエルは周辺大国、サウジアラビアやイランと国交樹立しておらず、今一歩踏み込んで、持続可能な平和な状態に持っていく必要があります。
パレスチナ問題を強引に「解決」した今、サウジアラビアを始めとするアラブ界がイスラエルと国交樹立する上での、最大の阻害要因は「消滅」しました。よって、トランプ政権1期目で電撃発表した「アブラハム合意」(サウジアラビアに外交権を握られているアラブ首長国連邦とイスラエルの国交樹立)の延長線上で、サウジアラビアとイスラエルを国交樹立させるよう、努力するでしょう。内心サウジアラビアはイスラエルの持つ先進技術は欲しいですし、イスラエルにとってもサウジアラビアの持つオイルマネーは魅力的です。Win-Winの関係になるはずだと、互いに考えているでしょう。
また、サウジアラビアに関しても、イランの影響下にあるフーシ派がイエメンを拠点に紅海を往来する親米欧船籍や、サウジアラビアの石油施設を攻撃することもあり、その手当も必要です。加えて、ロシアがイランへの影響力を行使するとはいえ、ロシアが手心を加える(ロシアとしても、イランカードを対アメリカやイスラエル用に温存したいはず)、またはイランが従わない場合もあり得ます。
そこで、アメリカが経済制裁を解除する代わりに、イランがフーシ派へサウジアラビアやその石油施設を攻撃しないよう、政治取引をすることで、サウジアラビアとイランの関係が改善できます。イランは既に、これまでの経済制裁に苦しみ、その国民は経済制裁解除に向け米欧と対話したいと訴えたペゼシュキアン氏を、大統領に選びました。まともに対イスラエル、対アメリカと一戦交える体力はないでしょうし、大国ロシアによる仲介という形なら、振り上げたイスラエル攻撃の拳を、体面を傷つけずに降ろせるでしょう。慎重に動くでしょうが、サウジアラビアとイランの関係が深化していけば、イスラエルとイランとの国交回復の道は開けます。
これが、トランプ氏が描いた最終段階(あるいは理想図)です。ここまでできれば、トランプ2期政権は、安心してMAGA政策に専念できますし、この和平を構想・実現させた第一の功労者として、サウジアラビア等中東大国の離れゆく心を再びアメリカの方へある程度引き戻せるかもしれません。
そして、トランプ氏がこの構想を内密にイスラエルに提示し、これができるのは自分しかいないと、説得したのでしょう。対して、イスラエルがこれに合意し、トランプ当選に向け、その強力なユダヤロビーをフル回転させたのでしょう。(民主党候補の交代劇も、もしかしたら、その一環かもしれません。。。)その「報償人事」ということでしょう、次期国務長官、国防長官、国家安全保障担当大統領補佐官、駐イスラエル大使、国連大使職に異例のスピードで、イスラエルへの熱烈な忠誠心を持つ人々(あるいは、ユダヤロビーから指導された以上に親イスラエルをアピールする人々)を指名しています。**財務長官が決まる前に、駐イスラエル大使が決まる等、当選早々このような順番で人事指名は、あり得ません。
さて、最終段階まで実現可能でしょうか?恐らく、第一段階が実現可能となるまでに、裏で相当話が詰められていると考えられます。なればこそ、バイデン政権は、来年1月までの余命短い間にこの構想を壊したいのでしょう。バイデン政権は、ウクライナに対し米国製長距離ミサイルATACMSをロシア領内で使用することを許可しました。***また、イスラエルのネタニヤフ首相に対し、国際刑事裁判所は逮捕状を発行しました。****露骨にアメリカ大統領選に介入した報復でしょうか。
トランプ和平構想のメリット
では、トランプ和平構想のメリットは、何でしょうか。何より、この構想が実現し、トランプ2期政権が新たな熱戦を起こさない場合、世界は大分平和になります。
また、日本にとり付随的なメリットがあります。それは、露朝関係が変化するということです。現在はウクライナ戦争により、ロシアは北朝鮮から武器を購入し、兵士をレンタルしています。その見返りとして、エネルギーの他、軍事技術や外貨が北朝鮮に流れます。しかし、戦争が終わってしまえば、ロシアには北朝鮮と積極的に関与する理由がなくなり、北朝鮮兵士は帰国することになります。これは、北朝鮮軍が最新の戦争を体験する期間が短くなることを意味するので、朗報です。一般的に、軍は一つ前に経験した戦争を基に次の戦争計画を練ります。自衛隊はどうしても太平洋戦争の呪縛から抜けられないでしょうが、北朝鮮軍がウクライナ戦争を念頭に次の戦争を計画するとなると、戦争計画に定性的な差が生まれます。
近年ロシアの後ろ盾をあてにして、北朝鮮は韓国を敵対国として見なし、さらなる先端兵器開発に邁進していますが、その資金が先細らざるを得なくなりますし、場合によっては韓国の敵視を緩和せざるを得ない可能性もあります。
トランプ和平構想のデメリット
逆にデメリットは何でしょう?イスラエルが約100万人いると言われたガザのパレスチナ人に対し殺戮を繰り返した挙句、エジプト国境をこじ開け、追放しました。エジプトの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)では、60万人の難民がいるといいます。*****こうした難民は定着する可能性が高いですから、いずれエジプトの民となり、反イスラエル勢力になるでしょう。彼らが過激化するかは未知数ですが、直接的にはエジプト政治への影響が懸念されます。(エジプト政府がうまく彼らを地元社会に取り込めるかが、カギとなります)
一方、長期的な視点に立つと、最大の未知数は、この和平が中東諸国の結束を促すことにより、どのような性質の地域になるかでしょう。今までサウジアラビアとイランの反目を悪用し、米欧ロがいいように中東諸国を扱ってきました。しかし、産油国のオイルマネーとハイテクと高人口/市場(イラン・トルコ・エジプト・イスラエルはそれぞれ1億人程度。ここにインドも入る?)の組み合わせは、中ロ米欧とは別個の「極」にもなり得ます。そうなると、また米欧式、中ロ式とは異なる角度から、新しい価値観や社会秩序の提案し、米欧、中ロと反目するかもしれません。
ここは、一つ思案のしどころです。
* “Assad welcomes new Russian bases in Syria after Putin meeting”, Al Jazeera, 16 Mar 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/3/16/assad-will-welcome-new-russian-military-bases-in-syria
** “What have Trump administration nominees said about Israel and its wars?”, Al Jazeera, 17 Nov 2024.
https://www.aljazeera.com/news/2024/11/17/what-have-trump-administration-nominees-said-about-israel-and-its-wars
*** 「バイデン米大統領、ウクライナにロシア領での長距離兵器の使用を許可」CNN、2024年11月18日。https://www.cnn.co.jp/usa/35226220.html
**** 「国際刑事裁判所、イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を発行」Bloomberg、2024年11月21日。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-21/SNAVJUDWLU6800
***** Nourhan Hefzy, “Egypt’s Refugee Situation: Economic Gain or Drain?”, Carnegie Endowment website, August 6, 2024.
https://carnegieendowment.org/sada/2024/07/egypts-refugee-situation-economic-gain-or-drain?lang=en4-11-21/SNAVJUDWLU6800
その他参考文献
“What’s Donald Trump’s plan to ‘end’ Russia’s war on Ukraine?”, Al Jazeera, September 17, 2024.
https://www.aljazeera.com/news/2024/9/17/whats-donald-trumps-plan-to-end-russias-war-on-ukraine
“At War in Ukraine, Putin Emerges as Potential Peace Broker in Middle East”, Newsweek, October 31, 2024.
https://www.newsweek.com/war-ukraine-putin-emerges-potential-peace-broker-middle-east-1977721
吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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