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東京IPO特別コラム:「アサド政権崩壊の裏で:フライングし続けるトランプ2.0外交」

アサド政権倒壊を取り巻く構図
先日シリアのアサド政権が突如崩壊し、世界を驚かせました。アサド政権を倒壊させたのは、ISカイダ上がりの反政府派であり、米欧がそれを歓迎しています。アサド政権下で、不当な拷問、拘束を受けていた人々が解放され、その喜びが大きく報じられる影で、イスラエル軍が越境し、シリア内の軍施設、特に武器弾薬類の貯蔵庫を集中攻撃しています。この意図としては、今後イスラエルに対し使われることがないようにという配慮であると報じられています。

実にややこしい話です。元々の争いの構図は、スンニ派対シーア派の戦いです。サウジアラビアとイランの反目の中で、それぞれアメリカとロシア、シリアを巻き込んでいったのですが、2010年代にISカイダがシリア内にイスラム国(IS)を「建国」すると、トランプ1期目政権下でアメリカがISへ派兵し、国を持たない現地クルド人を鼓舞し、ISと共闘させようとしました。

なお、イラク戦争時にも、全く同じように現地クルド人を使って戦わせた挙句、「トルコとの関係を考慮し、」クルド人のための国を作らないで終わる構図は、全く一緒です。トルコ国内にもクルド人が少数民族として存在し、自治を求めているところに、近隣でクルド国が生まれてしまうと、自治を越えて独立を求める声が大きくなってしまうので、避けたい事態なのです。トルコがそういう横槍を入れることを知った上で、アメリカがクルド人に協力を依頼するのですから、悪質です。

さて、トランプ政権の派兵の成果もあり、ISカイダは大方掃討されましたが、今度は彼等を使ってトルコ軍と共にアサド政権を倒壊させたわけです。一方、サウジアラビアはイランと和解したため、いつの間にか上記の構図からフェードアウトし、残る構図は、アメリカ、イスラエル、トルコ、元ISカイダ対ロシア、イラン、シリアとなったわけです。

ここにイスラエルが加わり、イランがフェードアウトしないのは、シリアをイスラエル攻撃の拠点とし、ヒズボラ、ハマスという武装集団への支援物資を送る上での重要な後方支援拠点だからです。

ですので、アサド政権の崩壊は、ロシア、イラン側の敗北であり、ロシアはウクライナ戦争、イランは経済制裁による国力低下のため、アサド大統領を見捨てたという解説が出回っています。肝心のシリア軍は、アサド政権への忠誠心が低く、大した抵抗もなく終わったというのです。

トランプのフライング外交
では、トランプ次期大統領は、アサド政権崩壊に対しどのような反応を示したのでしょうか?一言でいえば、シリアには興味なし、です。*バイデン大統領はシリアの治安維持のため、在シリア米軍約1000名をそのまま駐留させるとしています。しかし、来年1月トランプ政権になったら、シリアから撤退させたいということです。

その理由は、前回お話しました通り、中東に資源もカネも投下し続けることは必要最低限に減らし、アメリカ再建(MAGA政策)に集中したいからです。既に、イスラエルはレバノンにあるヒズボラ(イランの配下にある武装手段)の戦力をほぼ破壊し、残るはシリアのイラン関連施設です。これらを破壊してしまえば、イランの息のかかった武装集団からの被害はほぼなくなります。後はサウジアラビアとの国交樹立の仲介をすれば、イスラエルはかなり安泰です。

しかし、イランがヒズボラに代わる武装集団を組織されてはたまりません。そのための手段として、トランプ次期大統領とロシアとの政治取引が透けて見えます。今回のアサド大統領が大した抵抗もなく、亡命に同意した背景には、ロシアによる説得があると言います。**ロシアが本気であれば、シリアにある約7000名のロシア軍を動員し、激しい戦闘があってもおかしくはありませんでした。現にそうやって、今までアサド政権は存続していましたから。

それをロシアが敢えてせず、さらにイランに動かないよう説得したのには、理由があるはずです。確かに、ウクライナ戦争であまり資源を割けないという事情もあるでしょう。シリア内のロシア軍基地は確保できるという自信もあるでしょう。(さすがに、元ISカイダも、核保有国のロシアと正面切って戦えません。)

しかしそれ以上に、ロシア内ではサウジアラビアの意向をイラン・シリアよりも重視したということでしょう。ロシアとしては、化石燃料輸出に依存し、原油価格を高止まりのままにしたいでしょうから、何としてもサウジアラビアと協調したいはずです。

一方、サウジアラビアは、脱石油輸出依存経済の脱却を目指していますから、イスラエルのハイテク技術は魅力的ですし、脱却した経済には地域安定が不可欠ですから、今までのアメリカの仲介による国交樹立交渉には乗り気です。サウジアラビアもイランと和解したとはいえ、そのイランが持つ、イスラエルの安全保障を脅かすツールは潰してほしいと考えます。

よって、いくらイランのパトロン的存在であったとしても、ロシアはサウジアラビアの意向を優先したものと考えられます。

イランは反撃できないほど弱体化したのか?
長年の経済制裁により、イランが弱体化したのは確かでしょう。しかし、イランにはもう一つ大きな不安要素があります。

宗教指導者・ハメイニ師(85歳)の病状です。数年前から噂されていましたが、最近では死の床にあるのではないかという報道もあります。***本当だとすれば、大事になる可能性があります。

イラン革命からこのかた、宗教指導者が代替わりしたのは、初代ホメイニ師の死去に伴うハメイニ師の就任だけです。ホメイニ師はイラン革命を起こした人物ですから、ハメイニ師が宗教界での地位が高くなくとも、ホメイニ師が後継者として指名した以上、国民には納得感があります。

しかし、今回ハメイニ師の後継者として最有力候補が、ハメイニ師の二男と言われています。本来世襲制ではないところに、子孫を後継者に据えようとすると、疑問の声は止めにくいです。北朝鮮の金日成主席でさえ、息子を後継者に据える際には、「金日成主義は共産主義を超えた」と意味不明ではありつつも、金日成死去の何年も前から繰り返し唱え、国民に息子を後継者にするという流れを定着させていっています。初代カリスマリーダーが息子を後継者指名したのならまだしも、カリスマリーダーでもない指導者が、死の床に就くころになって息子に譲ると言うようでは、遅いのです。

そのため、ハメイニ師の死を契機に、宗教指導者の権限を縮小し、世俗政治色を強くするべく議論が今後出てくるかもしれません。何せ、宗教指導者のせいで、「革命の輸出」を試み、結果周囲のスンニ派政府を敵に回し、イラン・イラク戦争が起き、長年の経済制裁に苦しんでいます。イラン国民が宗教指導者に対しいい感情を持っているとは考えにくいです。

ハメイニ師の死去後を予測するのは難しいですが、イランの反応が鈍いということの裏には、こうした微妙な国内要因がある可能性があります。

それでもイランには核武装という選択肢がある
とはいえ、イランは押されっぱなしか、といえばそうでもありません。ロシアが100%頼りにならない以上、自力で身を守る手段として核武装があります。イスラエルは容赦なく、ヒズボラやハマス、さらにはイラン革命軍高官にさえ攻撃、暗殺を厭わないのです。イスラエル本土が安泰となれば、イラン本土へ攻撃の矛先を向けるかもしれません。

このように考えれば、イランの核武装はロジカルな選択肢なのです。アメリカのシンクタンクの見積もりでは既に核兵器になり得るだけのウラン濃縮に成功しており、製造する気になればできるだけの技術や能力を持つと見られています。****

しかし、イランが核武装すれば、サウジアラビアは核武装せざるを得ない、と昨年サウジアラビア皇太子はアメリカのメディアに対し明言しています。*****

そのため、トランプ次期大統領は、イランの非核武装、間接的なイスラエル攻撃停止が、アメリカの経済制裁解除、あるいは緩和の条件であろうと、推測できます。とはいえ、タイミング次第では、イランが同意できるか、予断を許しません。

* Daniel R. DePetris, “Trump says the U.S. ‘should have nothing to do with’ Syria. He’s right.”, MSNBC website, December 12, 2024.
https://www.msnbc.com/opinion/msnbc-opinion/trump-syria-troops-assad-biden-rcna183781
** “‘A blow to Putin’s prestige’: What al-Assad’s fall means for Russia”, Al Jazeera, December 10, 2024.
https://www.aljazeera.com/news/2024/12/10/a-blow-to-putins-prestige-what-al-assads-fall-means-for-russia
*** “Iran’s Supreme Leader Khamanei suffers from terminal illness, report suggests”, Turkiye Today, October 27, 2024.
https://www.turkiyetoday.com/region/irans-supreme-leader-khamanei-suffers-from-terminal-illness-report-suggests-70905/
**** Jonathan Masters and Will Merrow, “What Are Iran’s Nuclear and Missile Capabilities?”, Council of Foreign Affairs website, November 26, 2024.
https://www.cfr.org/article/what-are-irans-nuclear-and-missile-capabilities
***** “Zach Kessel, “MBS Confirms: Iran Is the Key to Preventing a Nuclear-Armed Middle East”, National Review website, September 22, 2023.
https://www.nationalreview.com/corner/mbs-confirms-iran-is-the-key-to-preventing-a-nuclear-armed-middle-east/




吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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