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東京IPO特別コラム:「2024年選挙イヤーを振り返る」

2024年は、色々な国々で大きな選挙が行われた、いわゆる選挙イヤーでした。そこで、2024年を締めくくるに当たり、日米仏独の選挙を振り返ってみましょう。

慢性的問題への無策、ナショナリズムの高揚、支配層の党利行動
これらの国々の選挙のキーワードは何かと問われれば、上記3点になるでしょうか。日本では、「政治とカネ」問題でほとんど何もしていないと国民の眼は冷ややかな中、石破首相は、他党の準備不足のタイミングを狙った抜き打ち総選挙が行われました。そして、案の定、自民党が惨敗し、自公連立でも過半数に届かない、不安定な政権運営を自ら求めてしまった結果となりました。

アメリカでは、庶民の味方を自認していたはずの民主党が、マクロ経済が良いことに、メインテーマとして性差別の撤廃を訴えました。しかし、庶民にすれば好景気は全く感じられず、民意を読み違え、惨敗しました。

フランスでは、EUからの指示で財政再建を重視するよう言われ(従わないと制裁される)、経済が良くない状況下、政府支出縮小方針を言えば、マクロン大統領率いる与党は当然不人気となり、庶民の生活支援拡大策を求める野党が議会内で幅を利かせ、苦しい政権運営にあるところを、総選挙に現状打開を夢見ました。案の定、一次選挙では惨敗、二次選挙でいわゆる「極右」政党(国民連合)に政権を取らせていいのか?という国民の思慮分別があり、与党は第2党にこぎつけ、「極右」政党をかろうじて下しました。

ドイツでも、国民連合と同類だといわれるドイツのAfD(ドイツのための選択)に勢いがあり、2州議会選挙で第一党に躍進しました。来年2月に予定されている総選挙結果を占う上で、ショルツ政権には打撃です。

要するに、経済が悪化し庶民の暮らしが苦しくなっているのにもかかわらず、支配層は有効な施策を打てず、党利行為に汲々とし、選挙で見放されつつある、ということです。ただ注意すべきは、支配層の行動に嫌気をさしている庶民は、耳に心地よく聞こえるナショナリズムを煽る政党に傾倒し、その政党が謳う政策が本当に理に適っているか、自分たちの生活を改善するか、冷静に判断していない、危うさがあるという点です。

甘い言葉にはご用心
まずは米欧で話題になっている移民排斥政策から見ていきましょう。なぜ移民排斥がここまで人々の関心を引くのでしょうか?根本的には、政情不安定、不景気等の理由で自国にいても明るい未来が全く見えない人々が、豊かな国(米欧)に引き付けられるからです。

しかし、相対的には米欧は豊かな国に見えても、原住民にとってはそれほど経済がよくはありません。好景気でないときに、痛みが大きく感じられるのは低賃金層です。明日も自分の仕事があるのか不安なときに、不法入国してきた外国人移民がより安い賃金に甘んじて仕事をすれば、自らの職に対する脅威に映ります。その一方で、うまく仕事にありつけなければ、移民も生活苦から犯罪に手を染めかねず、治安が悪化するリスクがあります。

また、外国人ですから、異なる文化をもたらします。社会をより豊かにする方向に向かえばいいですが、兎角言語の壁により意思の疎通が難しく、何気ない言動が誤解を招き、不和が生まれがちです。また、移民が定着すれば、住民として当然ゴミ収集から教育、医療に至るまで、様々な公共社会保障サービスを受けることになります。移民が原住民よりも多くこれらのサービスを享受すれば、一人当たり社会保障費用が増加し、その分原住民にとって増税という形で負担が増えるのではないか、という疑念も生まれます。

こうした不安を煽るように、移民がいないときの姿が正しい社会(国家)の形だと、トランプ氏や「極右」政党は主張します。一見一理あるように思えるかもしれませんが、そう単純な話ではありません。移民が来ることによるメリットも、あるからです。

過去、米欧が好景気なとき、人材不足が問題であったとき(特にヨーロッパの場合、働き手が少なかった1950〜60年代)、移民を多く受け入れました。その結果、高い経済成長を遂げることが出来ました。また、移民はそのまま定住していきます。定住すれば、子供が生まれ、孫が生まれ、人数は増えていきます。すなわち、人口増に繋がります。日本に限らず米欧も高齢少子化が進んでいますから、経済規模を縮小させないという観点から、悪い話ではありません。

また、広い視野に立てば、原住民のみが社会、国家を形成する考えにしがみついていていいのか、という問いも考えてみる必要があります。いわゆる旧世界には、多くの人々が往来し、定着することにより、経済が発展した歴史があります。こうした歴史の教訓を無視し、あまりに内向き、囲い込み思考では、レジリエンス、思考の柔軟性を失います。そうした社会では、時代の変化にうまく対応できるかは、保証の限りではありません。特に大きく世界が変わろうとしているときには、なおさらです。

こうしたさまざまな要素を総合的に判断し、移民については考えていかないといけないのです。政治家が目先の政治的目的を達成するため、安易に利用していい問題では、ありません。

次に、トランプ氏が「最も美しい言葉」と表現する関税も、実は複雑です。一見関税を高くすれば、アメリカで製造業が戻り、雇用が増えると思えるかもしれません。しかし、アメリカ社会には、すでに数多くの割安な外国製品が溢れています。関税がかかれば、これらの外国製品が一斉に値上がりします。そこで、相対的に割高だった国内製品を購入するか、関税分値上がりした外国製品しか、選択肢はないわけで、庶民にはインフレにしかみえなくなります。

確かに、一部の外国企業はアメリカ市場内のシェアを確保するため、アメリカに追加投資し、雇用を増やすかもしれません。現に、ソフトバンクの孫社長が早速トランプ氏の私邸に乗り込んで、約15兆円投資(10万人の雇用創出)を約束しました。但し、「AIのデータセンターなどさまざまな関連投資を行う」*といいます。そう、アメリカにこれから投資しようということは、AIや宇宙等アメリカが世界の最先端を行っている技術系の研究開発が主流になることが予想されます。果たして、トランプ氏のコア支持者である、いわゆる白人ブルーカラー層は、どれだけ雇用されるのでしょう?

また、一方的にアメリカが関税を引き上げれば、当然これに反発し、報復関税を検討する国が出てきます。その筆頭は中国でしょう。選挙運動中トランプ氏は、関税引き上げを公言していましたから、中国政府は2024年4月には法整備を済ませ、トランプ氏が当選直後には、元人民銀副総裁が、中国は報復関税をすると、発言しています。**

但し、トランプ氏がブラフ込みで発言していることは周知の事実であり、トランプ氏に近いマスクCEOを頂くテスラ社では、上海にEV(電気自動車)工場を持ち、中国のEV市場にも大きく進出しているわけですから、実際にはどこまで関税戦争を行うのかは、正直未知数です。しかし、トランプ氏に近い産業、そうでない産業との間に、大きな明暗が生まれ、全体から見れば大幅関税引き上げは不可避であり、それに対する報復関税もまた不可避でしょう。

いずれにせよ、アメリカ製品が中国で売れにくくなることは確かであり、中国市場シェアを失うアメリカ企業は、アメリカでの工場をたたんで、中国や第三国に工場を移転してしまうかもしれません。それは、白人ブルーカラー層の解雇に繋がるリスクになります。

すなわち、トランプ氏のコア支持層は、関税を通じて中国や諸外国へ掣肘を加える、強気なトランプ氏の姿に酔っているにすぎず、果たして来年以降も同じ心持ちでいられるのか、怪しいものです。

ですが、まだ中国は世界第二位の経済大国ですから、アメリカと渡り合うことは出来ます。しかし、アメリカ市場に頼っている多くの中南米諸国、その他グローバルサウス諸国企業はどうでしょう?関税引き上げにより、アメリカ市場での競争力は下がりますから、その分他国に輸出先を求めるしかありません。日欧がある程度吸収するかもしれませんが、多くの場合中国か他のグローバルサウス諸国へ流れるでしょう。

これを見越して、中国が戦略的に輸入に応じるようになれば、ますますグローバルサウス諸国の心はアメリカを離れ、中国やBRICS経済圏に取り込まれる可能性があります。(但し、現状中国経済もよくはありませんので、中国政府の明確な意志がなければ、難しいかもしれませんが。。。)

中国にその意思がない場合、意外にグローバルサウス諸国間での貿易が増えるかもしれません。グローバルサウスと一口に言っても、その経済規模や工業化進捗もバラバラです。むしろ、最初は苦しくともそうした市場を地道に開拓していけば、未来が開けるかもしれません。そしてそうなった場合、やはりアメリカ離れは避けられません。

要するに、自分たちだけいい状況を露骨に目指そうとすれば、何かしらの形で反発を買い、人々の心は離れていくことになり、「天に唾す」結果になります。

やはり地道に経済成長促進が一番
世界レベルで見れば、米欧へ多くの移民が合法・非合法を問わず流れてくるのは、不可避でしかなく、不法移民を追い返すコストは正直不毛です。(単にトランプ氏のコア支持者の溜飲を下げるだけの効果しかありません)

むしろ、バイデン政権が長期的視野にたって行っていた以上に、近隣の中進国(アメリカであればメキシコ、ヨーロッパであればトルコ等)に積極的に投資し、不法移民候補がその地に留まるよう工夫する、というのも一案です。(トヨタは、メキシコに工場を持っていますから、このロジックでトランプ氏に説明するかもしれませんが)

そうすれば、関税引き上げよりも、もっと建設的な関係を築き、ひいてはBRICS経済圏への魅力を敵失により高めないことに繋がります。

また、そもそもファンダメンタルズを向上させるべく、老朽化した鉄道・道路網等の社会インフラの建替えによる雇用創出、先端技術から新産業を創出支援するべく、教育費・リスキリング費の補助金、あるいは税制優遇等、前々から言われながら地味すぎるか社会主義的過ぎる、あるいは即効性がないために、過小評価されがちな施策を地道に行い、次なる飛躍に向けて準備を怠らないことが肝要です。

苦しくとも、目先の政争ツールに囚われず、過度な自己中心的な社会にならないよう、また庶民に地道ではあっても堅実な成長政策について、庶民に語り、支持を得る力が、真の政治家に必要です。

*「トランプ氏が孫正義氏と会見 孫氏側が米に15兆円余の投資へ」NHK、2024年12月16日。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241216/k10014669891000.html
**「中国で関税法が成立、「報復関税」可能に 米欧に対抗か」日本経済新聞、2024年4月26日。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM267JE0W4A420C2000000/?msockid=1651d75cd9d062873cc6c753d83a637f;

「トランプ次期米政権が60%関税賦課なら中国は報復−元人民銀副総裁」ブルームバーグ、2024年11月18日
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-18/SN4832T1UM0W00




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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