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東京IPO特別コラム:「トランプ大統領がグリーンランドやパナマに言及するのは、地球が丸いから」

昨年からトランプ大統領がグリーンランド購入について言及し、年末にはその息子がグリーンランドへ訪問しました。1期目でも同様なことを発言していましたが、今回の方がより本気度が高いように見受けられます。今回は、その真意について探ってみたいと思います。

欲しいのは安全保障上の理由か?資源か?
一般的な推測は、グリーンランドが地政学的に重要という安全保障上の理由か、グリーンランドに眠る豊かな資源を求めた理由のいずれかでしょう。

確かに、グリーンランド、アイスランド、イギリスの間(GIUKギャップ)は狭いので、第二次世界大戦中ドイツ海軍が大西洋へ出ないように、また冷戦時代には、ソ連海軍が同様に大西洋へ出ないように、イギリスやアメリカが重視していた地域です。いわゆる地政学上のチョークポイントと言われます。そのため、今度はロシア艦隊が大西洋へ出ないように、アメリカが重視すべき地だと、トランプ大統領が考えたのではないか、という説も成り立たなくはありません。(安全保障関係者ですと、グリーンランドといえば、この話を連想するでしょう。)

しかし、その観点でいけば、所有するとしたら、ヨーロッパよりもカナダに近いグリーンランドよりも、ヨーロッパの一部であるアイスランドの方がよほど近く、かつ人口も高いです。(アイスランドは約37万人、対してグリーンランドは約6万人)軍事基地を置く場合、後方支援の観点からは、人口が多い方が望ましいです。

また、グリーンランドを所有するデンマーク政府内の地質学調査機関サイトにある地図(https://www.greenmin.gl/wp-content/uploads/2024/01/Postcard-Greenland-Geology-and-selected-mineral-occurrences.pdf*)を見れば、グリーンランドの沿岸は、ほぼ全域に金、銀、鉄、石炭、ダイヤモンド、レアアース等、何かしらの資源が眠っている、資源の宝島そのものです。

開発されているのは沿岸地域のみですが、恐らく氷雪が大きな阻害要因でしょう。さらなる温暖化でこの障害が縮小していくか、さらなる資本を投下すれば、内地にもさらなる天然資源が眠っている可能性はあるでしょう。今や貴重な未開地であり、元不動産王のトランプ氏の眼からすれば、デンマーク政府は充分にグリーンランドを開発していない、アメリカが所有し、西半球最後のフロンティアとして、大いに開発していくべき地に見えるのかもしれません。

さらに穿った解説では、中国との関税戦争の中で、中国がアメリカにレアアースを売らないと言いかねないため、先にレアアースを採掘できるグリーンランドを押さえようとしているのではないか、というものまであります。**

しかし、レアアース等の地下資源開発だけであれば、別に所有する必要はありません。デンマークもアメリカの同盟国ですから、中国政府よりは優遇してくれるでしょう。加えて、レアアースだけなら、中南米やアフリカにも未開発の鉱床はたくさんあります。

そのため、トランプ大統領の真意は、上記説明にはないと考えます。

地球は球体である
地球は球体なので、例えば中国の上海港からオランダのロッテルダムへ航行する際に、緯度が低い(赤道に近い)ルートよりも、緯度が高い(南北極に近い)ところを通った方が近道になります。ですが、従来北極圏周辺の海は冬季には凍結してしまい、強行突破するには希少な砕氷船を使わなければなりません。

ところが最近の地球温暖化により、ロシアの北を航行する近道ルートが、現実性を帯びるようになってきます。実際この近道ルートを使い、ロシアのタンカーがノルウェーから韓国へ航行したところ、19日で到着したといいます。従来の赤道付近やスエズ運河を通過するルートに要する日数は49日もかかるといいますから、大幅な時間短縮になります。***

そこで、2018年頃から中国は、北極圏に強い関心を寄せています。この近道ルートを「氷上シルクロード」と呼び、砕氷船団を作り上げ、地域開発に乗り出しています。特に、そのルート途上にある、ロシア領ヤマル半島での天然ガス開発プロジェクトに、中国企業は30%の権益を持ちます。****2021年に採択された第14次五か年計画の中で、初めて北極について言及し、「氷上シルクロード」の確立を謳いました。*****

そして、ことは中国だけではありません。北極圏に位置する国々が航行ルートや漁業、地下資源開発に乗り出した結果、2013−2023年の間に北極圏を航行する船舶は37%も増加したと、北極協議会(1996年に北極圏国8か国が、持続可能な開発、環境保護の目的で設立)が報告しています。******

さて、視点をアメリカに戻してみましょう。今トランプ大統領は中国からの輸出に高関税をかけ、中国製品を国内に入れず、国内製造業にその分、それ以上補わせ、国内に雇用を増やそうと構想しています。そのために、通常アメリカ・中国間の航行ルートであるパナマ運河を通過する際に中国から輸出品積載船舶に通行料を引き上げる権限を持ちたいのでしょう。そうした観点からすれば、運河運営会社に中国企業が含まれていることなど以ての外、アメリカが自由に管理できる状態にするしかなく、所有権の主張という形になったと考えられます。

そうして中国を迎え撃とうとしているのに、中国が北極圏ルートを活用するとしたら、どうでしょう?北極圏ルートは、ヨーロッパだけとは限りません。地球は丸いので、アメリカにも行けます。すなわち、大連港からベーリング海峡を抜け、カナダ北部の島々を縫い、カナダとグリーンランドの間のデービス海峡を南下し、ニューヨーク港へ行けます。パナマ運河も通らず、しかもパナマ運河ルートよりも恐らく短期間で。

それこそが、北極協議会が2040―59年に予測している、北極圏の最適ルートです。(結構衝撃的な図なので、ぜひ見てください。左に2006−2015年の場合の図もあるので、比較すれば、いかに北極の氷が解け、それに伴い北極圏最適ルート(赤い線)が、あからさまに変化するのかが、よく分かります。)*******

言い換えれば、大きな抜け道が出来つつあるということです。トランプ大統領がパナマ運河について騒ぎ立てるほどに、中国船舶は北極圏ルートに魅力を感じるでしょう。そして、他の北東アジア諸国も同様でしょう。そうなってしまえば、トランプ大統領にとって意味がありません。

ですから、「51番目州」カナダとグリーンランドを「所有」することで、両国間のデービス海峡をアメリカの内海化し(航行の自由を否定)、パナマ運河同様、通行料を取るなりすることにより、運送コストを上げさせたいということでしょう。現在デービス海峡は、その中央部分が公海であり、航行の自由が保障されていますが、トランプ大統領のことですから、何かしら難癖を付け正当化しようとするのだろうと思われます。完全に航行の自由を奪えない場合には、少なくとも近辺の港へ寄港する際のコストを高くしようとすることが、考えられます。

(但し、航行の自由をどうアメリカが歪曲しようとするかは、日本としては要注意です。中国政府は南シナ海を内海化しようとしていますから、同様のロジックを援用され、我を通そうとされては、たまりません。)

そこまでする価値はあるのか?
こうした構想から分かるのは、トランプ大統領の、中国からの輸入を減らしたいという強い意志でしょう。しかし、そこまでしても、中国経済が打撃を受け、アメリカ経済はよくなり、トランプ大統領のコア支持者の生活は向上するのでしょうか?

2018年トランプ政権1期目の時代、中国に対し高関税をかけ、貿易戦争を仕掛けました。この時、中国は全輸出額の20.7%をアメリカに頼っていましたから、ショックは大きかったでしょう。しかし、その後継バイデン政権も、この政策を継承したこともあり、アメリカへの輸出は減少の一途であり、2022年には17.7%にまで落ち込み、その分アジア諸国へ向かっています。アメリカだけが、経済成長に欠かせない、魅力的な輸出先ではないのです。

また、トランプ大統領のコア支持者は、白人貧困層です。中国をはじめとする安い輸入品の、大きな消費者です。関税コストは価格に転嫁され、そのツケを最終的に支払うのは、まさにこうした人々です。

さらに、今後の中国の報復措置も気がかりです。必ずしも同様の措置で報復するとは、限りません。今のところ一番有効なのは、中国に進出しているアメリカ企業への狙い撃ちでしょうか。企業幹部をスパイ容疑で逮捕・拘束し、工場を査察する名目で操業妨害をする等、考えられます。こうしたことに対する、アメリカ政府側の対抗手段はありません。そうなれば、トランプ大統領の個人的ディールに頼るしかなく、ますます先が見えにくくなります。

悪しき先例とならなければいいのですが。

* Government of Greenland, “GREENLAND GEOLOGY AND SELECTED MINERAL OCCURRENCES”, Geological Survey of Denmark and Greenland website. https://www.greenmin.gl/wp-content/uploads/2024/01/Postcard-Greenland-Geology-and-selected-mineral-occurrences.pdf (viewed on January 10, 2025.)
** “Trump wants to buy Greenland again. Here’s why he’s so interested in the world’s largest island”, CNN, January 7, 2025.
https://edition.cnn.com/2025/01/07/climate/trump-greenland-climate/index.html
*** “China reveals Arctic ambitions with plan for ‘Polar Silk Road’, January 27, 2018, Financial Times. https://www.ft.com/content/c7bd5258-0293-11e8-9650-9c0ad2d7c5b5
**** Erdem Lamazhapov, Iselin Stensdal and Gørild Heggelund, “China’s Polar Silk Road: Long Game or Failed Strategy?”, November 14, 2023, The Arctic Institute website:
https://www.thearcticinstitute.org/china-polar-silk-road-long-game-failed-strategy/
***** Trym Eiterjord, “What the 14th Five-Year Plan says about China's Arctic Interests”, November 23, 2023, The Arctic Institute website:
https://www.thearcticinstitute.org/14th-five-year-plan-chinas-arctic-interests/
****** “Arctic Shipping Update: 37% Increase in Ships in the Arctic Over 10 Years”, January 31, 2024, Arctic Council website:
https://arctic-council.org/news/increase-in-arctic-shipping/
******* Arctic Monitoring & Assessment Programme, Arctic Council website:
https://www.amap.no/documents/doc/figure-9.5-map-of-optimal-arctic-september-shipping-routes-from-the-pacific-to-the-atlantic-a-20062015-modeled-and-b-20402059-projected-reproduced-from-smith-and-stephenson-2013-with-permission.-the-red-lines-indicate-the-fastest-available-trans-arctic-routes-for-polar-class-6-pc6-ships-i.e.-with-medium-ice-strengthening-of-the-hull-and-the-blue-lines-indicate-the-fastest-transits-for-common-open-water-ow-ships-no-ice-strengthening-of-the-hull.-where-navigation-routes-overlap-or-coincide-the-line-widths-indicate-the-number-of-successful-transits-along-that-route.-the-dashed-lines-represent-the-limits-of-the-exclusive-economic-zones-eezs/3818




吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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